PHASE:71-80

2005年12月15日
02:57
71:遊帝(あそびてぇ)
「親愛なる信者諸君、僕は誰だ?」
「はい!偉大なる枢機卿様です!」
「諸君、神の教えを信じるか?」
「はい!崇高なる枢機卿様!」
「諸君、合衆国の国教は何か?」
「はい!聡明なる枢機卿様を宗主とする我らが聖なる炎の教えであります!」
「諸君、同胞たる大統領閣下が亡くなられたらどうするか?」
「はい!ご葬儀に参列するべきです!高潔なる枢機卿様!」
「もう一度聞こう。僕は誰だ?」
「はい!慈愛溢れる枢機卿様です!」
「そうだ。偉大で、崇高で、聡明で、高潔で、慈愛に溢れ、威風堂々たる、敬虔にして清廉なる、大統領閣下の崇める教えの宗主、マルス枢機卿!それが僕だ!そうだな?」
「はい!偉大で、崇高で、聡明で、高潔で、慈愛に溢れ、威風堂々たる、敬虔にして清廉なる、大統領閣下の崇める教えの宗主、マルス枢機卿様!」
「よし、では大統領閣下のご葬儀に参列する!ご迷惑にならないように!」
「はい!我らが枢機卿様!」
「………」
 キノピオは大音声で叫ぶ教団の面々を遠巻きに見ていた。こんな騒々しい葬式なんて聞いた事もない。
 かつて合衆国の首都はワシントン、通称キノコ王国にあったらしい。今葬儀が行われているTVでお馴染みのホワイトハウスも、かつてはワシントンにあったという。今ではニューヨークが合衆国の政治、経済を名実とも牛耳る首都だ。
 ピノキオと叔父にはたいして接点はない。二、三度会った事があるだけだ。だから叔父が死んだ事はどこか遠く、赤の他人が死んだような程度の感慨しかない。毎日飢えと病で死んでゆく人々を気の毒に思うのと同じだ。
 しかし、だからと言ってマルス達教団の行いは許せるものではない。あまりに非常識で、礼を失していた。
 案の定教団一味は係員から注意を受けているようだが、全く聞き入れる様子はない。ここからでもマルスとかいう少年の声がよく響いてくる。
『いや、係員さん、僕達に気を使う必要はない。いくら僕が偉大で、崇高で、聡明で、高潔で、慈愛に溢れ、威風堂々たる…ええと、あとなんだっけ。まぁいいや。とにかく、いくら僕が偉大すぎるほど偉大なマルス枢機卿様だからって、ここではただの弔問客の一人だ。葬儀は僕の信頼する部下が行う。本当はマリクにお願いしてたんだけど…』
『は、はぁ、あの、そういう事ではなくてですね…』
『僕が執り行ってあげても良いんだけど、マリクが若い者にも経験を積ませてあげろって言うもんだから…』
『いえ、そういう事でもなくて…』
 どうやら、自分達に非があるなど考えもしないらしい。そう思うとキノピオの怒りはさらに募った。
 参列者には世界各地から要人が集まっている。中央からは流石に直接訪れる者はなく弔文だけだが、ニンテンドーシティからもかなりの要人が集まっている。
 国際刑事警察機構の副総裁にしてニンテンドー総合警察庁署長でもあるカービー氏、ニンテンドー陸軍機械化歩兵師団よりディディー中佐、MOTHERコーポレーショングループよりネス支社長と、錚々たる顔触れだ。
 なにより、普段は公式の場には滅多に顔を出さないニンテンドー市長と、その妻である女性も参列している。キノピオは市長を見たのは初めてだったが、女性だとは知らなかった。市長は女性なのに、同じく女性を妻にしている。最初にニンテンドーシティで同性同士の婚姻を認めたのはこの市長だったらしいが、こういう事だったのか。
 これだけ色々な方がお忙しい中来られているというのに、どうしてお父様は来られないのだろう…。
『それより、大統領閣下のご遺体はどこだい?一言お別れを申しあげたいんだけど…あ、あれだね』
『ちょ、ちょっと待ってくださ…』
『大丈夫。案内はいらないから』
 マルスは叔父の棺にむかってズカズカと歩き出した。祭壇のように高くなっている場所に叔父の棺はある。
 棺の前まできたかと思うと、いきなり棺の蓋を乱暴に開いた。
「ああ、やっぱり!大統領、こんなことでは地獄行きですよ?ちゃんと頭を太陽の昇る東に向けないと…おい、誰か足を持て」
 あろう事か、マルスは部下に命じて棺の中に手を突っ込ませ、大統領の遺体を抱えあげさせた。
「誰がこんな失礼な真似をしたんだ!大統領が地獄に落ちたらどうするんだ全く。我が教団は朝日の昇る方角を神のおわす方角として厳密に教義として定めているというのに…。僕が直々に確かめてよかったよ…うん?君は…」
 得意げに説教を始めようとするマルスの前に人影が立った。
 キノピオだ。
「君は…ああ、ヤマウチ財閥のご令嬢ですね。いやぁ、これはなかなか可憐な…」
「無礼者!」
「ぶっ」
 キノピオはマルスの言葉を遮って強烈なビンタを一発放った。
 マルスはその衝撃で見事な宙返りを描き、その後もんどりうってひっくりかえり、祭壇の上から転げながら落ちた。キノピオの力が強いわけでもマルスの身のこなしが良いわけでもない。単にびっくりする程マルスが軽かっただけだ。現にキノピオはマルスのあまりの体重の軽さに自分で打っておいて驚いた程だ。マルスは見た目も貧相だが、実際には見た目以上に貧相なようだ。
 会場にいる誰もが水を打ったように静まり返った。
 マルスの周囲にいた信者達も何が起こったか把握できないようで、凍りついたようにその場に固まった。
 重苦しい沈黙を最初に破ったのはマルスの情けない声だった。
「い………痛い…痛い!痛い、痛い、痛いよ!ぶった!僕を!この僕を!神の子であるこの僕を!世界で一番偉いこの僕を!」
 マルスはキノピオに打たれた頬を押さえながら癇癪を起こした子供のように泣き喚いた。「いや、偉いなんでもんじゃない!偉大で、崇高で、聡明で、高潔で、慈愛に溢れ、威風堂々たる…ええと、あとなんだっけ、まぁいいや。とにかく、偉大すぎる程偉大な僕を、偉大なマルス枢機卿様を!この女がぶった!この女が…」
「黙りなさい!」
 抗議の声をあげるマルスだったが、キノピオはぴしゃりと言い放った。
 鼻水を垂らしながら一瞬怯むマルス。
「なんて無礼な!それが葬儀の席で、故人に対してする事なんですか!?あなたがどのような立派な地位にある方かは存じませんが、不埒な行いは許しません!」


2005年12月19日
02:08
72:遊帝(あそびてぇ)
「ピ、ピット君!?」
 ドーガはバイクにまたがる少年に見覚えがあった。
 この地区の付近にいる不良少年のリーダー格だ。
「ドーガのおっさん!?なんの騒ぎだよこりゃ!?」
「お、おっさんって…自分はまだ26ッスよ!」
「なんでもイイよ!それより…」
 ドーガが走って来た方角には、かなりの人数がいた。その中で、皆に取り囲まれるように二人の人間が対峙している。一人は全身やたらに青いものを身に着けている男。もう一人はなぜか裸同然で、随分と汚らしい印象の…。
「女か、あれ…?あそこに倒れてんの、教団の…?」
「あ、そうだ、とにかく逃げるッスよ!」
「はぁ!?何がなんだか分かんねぇぞ!?」
「いいから!」
 ドーガは言うなり子供達を何人か抱えてピットのバイクの後部に載せた。
「おいって!」
「事情は後で!今はこの子らを連れて逃げて欲しい!頼むッス!」
「…っても、俺はリンクの奴を…」
 探しに来たんだ、と言おうとしたが、ドーガの雰囲気がタダごとでない事もよく分かった。「…分かったよ、おっさんはどーすんだ!?」
「自分は、他の子供やお年寄り達を安全なところに誘導するッス」
「分かった!気ぃつけろよ!チビ達!しっかり捕まってろ!」
 ピットは後部座席に載せられた三人の子供達に言うと、そのままバイクを発進させた。主流の水素タービンエンジンでは到底出せない加速でバイクは走り出す。
 …待てよ。ドーガのおっさん一人であれだけの数を避難させられるか?
 ドーガの事だ、担いででも避難させようとするだろうが時間がかかりすぎる。
 だったら、もっと良い方法がある。
 ピットはバイクの進路を変えた。

「くそ、なんでこんな時にファーザーは、ガノンはいないんだよ!?」
 ゼルダの手を引きながらリンクは狭く細い路地裏を走る。
 ゼルダの息はかなり荒い。少し急がせすぎたか。

 リンクは炊き出しの準備が終わった後ガノンを呼びに一度教会に戻った。しかしそこにはガノンの姿はなかった。
 ガノンがいない教会。普段ならよくある光景。
 今までもガノンがふらりといなくなる事はよくあった。
 そしてまたいつの間にか戻って来ていつものように静かに佇んでいる。
 ガノンがどこで何をしているのか。
 当人が言わないので分からなかったし、誰もそれを聞く者はいなかった。だからリンクも何も聞かなかった。ただ、なぜかゼルダだけは帰って来るガノンを見る度に悲しそうな顔をしていた。しかし、そう思うのは一瞬だけで、またいつもの無邪気な表情に戻っている。ひょっとしたら、ゼルダのそういう些細な変化に気づいているのは自分だけなのかもしれない。
 だから普段はガノンがいない事をたいして気にしたりはしない。
 だがこの時だけは何かが違っていた気がする。それがなにか、とても深い意味を持ってリンクに訴えかけてるいるような気がした。
 リンクにそう思わせる要素は、あの剣だ。
 いつも聖母像の裏に立て掛けてある古い剣。倉庫に封印されていると思っていたが、時々この剣は聖母像の裏にたてかけてある事があった。まるでなにかの儀式のように、そしてそれを他人に見られないようにひっそりと。
 その剣がなくなっているのだ。古びた剣が置いてあったはずの場所には、見覚えのない全く新しい剣が一振り置いてある。以前のような古めかしい、単純な尖った鋼の塊ではない。セラミック製だろうか、軽量で頑丈そうな鞘にはいくつかのLED(発光ダイオード)が光っており、明らかに科学的、電子的な仕掛けが施されている。以前の剣がアナログだったのと対症的に、この剣は至ってデジタルだ。
 リンクはこの教会で世話になるようになってからも、一度も聖母に祈った事はない。しかし、この像のそばまで来ると剣を見るためについ裏まで回ってしまう。ガノンがいる時はなにもないが、ガノンがいない時はなぜかここに剣が置いてあった。ガノンが出かける前にここに剣を立てかけて行くのだろう。おそらく、ここに剣が無造作に置かれている事を知る者は自分とガノンの二人だけだ。
 いや、一人いた。
 ゼルダだ。
 ゼルダだけは、この教会のどこに何があるのか完璧に把握しているのだ。なくした小物、どこにしまったか分からなくなった洗濯物、何語で書いてあるのかも分からないがとにかく重要らしい書類など、ゼルダはどんなものの在り処でも知っていた。
 最初はリンクもさほど気にしなかった。ゼルダは興味が向くと教会といわずどこであろうと飛んでいく。いつぞやは衣装箪笥の引き出しの中で丸くなって眠っていた事がある。あの時はやけに重い引き出しだと思って開けてみてビックリした。部屋には鍵がかけてあったのに、一体どうやって部屋の中に入ったのかすら今でも分からない。常時そんな調子だから、ゼルダが教会の中に詳しくてもおかしいとは思わなかった。
 しかし段々それでは説明つかない事が明らかになってきた。
 いつだったか、教会で遊んでいた子供がちいさな玩具をなくして大泣きした事があった。騒ぎにつられてやってきたゼルダはそれを聞くとすぐにクローゼットの下のわずかな透間に手を突っ込んで玩具を捜し当てた。なにか考える間もなく、最初からそこにあった事を知っていたような反応だった。
 またある時にはリンクがあとで食べようと残しておいた朝食のりんごを、その日の昼にゼルダが美味しそうにほうばっていた事もあった。部屋の中に隠しておいたのでリンク以外の者が知るわけはない。
 とにかく、ゼルダだけはこの剣の事を知っていてもおかしくない。
 思えばゼルダとガノンの関係も今ひとつ分からない。リンクが知らない、何か特別な絆が二人の間にあるのは間違い無いようなのだが。
 親子だろうか?
 年齢から察するとそれが一番妥当だが、それにしては二人の間には距離、というより何かの壁のようなものがある。お互いに避けあっているような、なにかよそよそしい空気がある。それに親子にしてはあまりにも似ていない。
 まさか歳の離れた愛人?
 いや、それはもっと考えにくい。ガノンがロリコンとは思えない(それどころか女に興味があるのかすら疑わしい)。ガノンがあの日の夜、自分がゼルダに何をしたのか気づいていないとは思えない。愛人にそんな事をした男を放っておくだろうか?それに愛人ならそれこそもっと親密な空気があるはずだ。
 となると、やはり他の子供達と同じ、教会で面倒みているタダの孤児…と考える以外にない。
 だが、それにしてはゼルダもガノンも、あまりに周囲の者達とは異なりすぎている。どこか浮世離れしているような、世俗という言葉からとても縁遠いような気がする。
 時折リンクは二人がとても遠いところにいて、ここにいる二人はカメラに写った画像なのではないかと感じる事があった。それだけ二人はリンクの知る世界から乖離しており、リアルな、という意味での存在感が希薄なのだ。
「あー………」
 リンクが物思いに耽っていると、いつの間にか後にゼルダがいた。
 教会の中をキョロキョロと見回し、見慣れたガノンの姿を探している。
「うー…」
 ゼルダもガノンがいない事に気づいたようだ。
 …あの顔だ。
 いつもガノンが帰って来た時に見せる、なんとも言えない表情だ。
「えーと、ファーザー、いないみたい…だな」
 リンクはこういう状況を一番恐れていた。他に誰もおらず、自分とゼルダだけの二人だけになるという状況を。
 何を話していいか分からなくなる。
 いつもならこの時間は腹を空かせた子供達が夕食をねだってかなり賑やかになる。
 それが今はない。夕日に照らされた今の教会はまるで別の世界のように静かだ。長い影が床に伸び、まるで足元にもう一つ別の世界が広がっているような錯覚に陥る。
 そしてこの耳を打つような静けさは、互いの息遣いも、鼓動の音さえも聞こえてしまうのではないか。
「うー…」
 ゼルダが何かを言いたそうにしている。
 弱った。
 やはり、何を話していいか分からない。夕日に照らされたゼルダの顔を直視する事ができない。こいつは、あの時の事をどう思っているんだろうか?そもそも覚えているのか?
 ごくり。
 ゼルダをちらちらと盗み見ているうちに、リンクの中にあの時の感触が蘇った。しかし、それはあの時のような堕ちてゆくような仄暗い感じではない。
 綺麗…なんだよな、こいつ。
 夕日のオレンジ色がゼルダを美しく彩っている。
「あ…」
 いつの間にか、リンクはゼルダの肩に手を触れていた。
「…?」
 ゼルダが不思議そうにリンクを見上げる。その大きな双眸に、リンクが映っている。リンクはまっすぐゼルダを見ていた。
 …そうだ。別に、恥ずかしい事じゃ、ない…よな。
 自分がした行いは確かに卑怯だった。しかし、その気持ちまで卑しむべきものではないはずだ。
「なぁ…ゼ………」
 ぐぅうううぅうきゅるるるる。
 緊張感をまるごと削いでしまうような間の抜けた音。
 ゼルダの腹の虫だ。
 先程から不安そうな表情をしていたのは、このせいだったのか。
「な、なんだ、腹減ってんのか。は、ははは…」
 リンクはゼルダの肩からパッと手を離した。所在なさげにその手で頭をかく。ホッとしたような、残念なような複雑な気分だ。「そういや、俺も腹減ったな。行こうか、カレー食いに…ん?」
 ゼルダがリンクの手をぎゅっと握った。
「な、なんだよ?」
「…うー……う!」
 ゼルダはリンクの手の中に、強引になにかを握らせた。
「これ…?」
 掌の中で小指の爪ほどの大きさの、金色の三角形のプレートが光っている。
 その時、皆が集まっている広場から子供達の悲鳴が聞こえた。


2006年01月04日
18:22
73:遊帝(あそびてぇ)
「一体、何を探そうってんだ?」
 ルドウィッグの問いにイギーは答えない。黙々と資料のデータを確認している。
 ルドウィッグはあまり機械の事は詳しくない。イギーには画面に流れる大量の文字データが全て把握できているのだろうか。
「資料室って言うから署のほうかと思ったら…」
 イギーの後頭部越しに画面を見ながら、懐からリボルバーを抜いた。「おい、動くなよ、スミスとか」
 忍び足で資料室から逃げ出そうとした、スミスと名乗るニセ職員に銃をつきつけた。
 スミスは顔をしかめて全身を硬直させた。そのまま悪態でもつくのかと思ったが、なぜか男は卑屈そうにヘラヘラと笑う。
「俺達もお前も、ここで騒ぎは起こされたくない。そうだろ?お互いの為に静かにしてろ。俺達もお前には興味はない。俺らの用が済んだら好きなだけイチャつけ」
「へ…へへへ…」
 ルドウィッグではいつでも応戦できるようにかなりピリピリしている。別段スミスを警戒してるわけではなかったが、不気味な何かの気配が感じられた。誰かが自分達を見ている、そんな感じだ。
「…で、なんで軍なんだ?」
 イギーの行動指針の見えずらさと、得体の知れない何かの気配。イライラした気分がルドウィッグの声に出たが、愛用のリボルバーを手にしたことでいくらかは落ち着いた。
 イギーはモニターに夢中で答えない。こういう時は大抵何を言っても無駄だ。
「君は遺伝子には詳しいかい?」
「……………なんだって?」
 予想外のイギーの言葉に、ルドウィッグは少なからず面食らった。

「話が見えんぞ」
「だから、遺伝子」
 クソ!クソ!
 この役立たずの腐れ無線機!なんで反応しやがらねぇんだ!?
 ルイージは必死に奥歯に仕込んだ操作スイッチを押し込むのだが、聞こえてくるのは砂嵐のような雑音だけだ。
 わざわざ見つからないように耳小骨に埋め込んだのに!急いでるからって麻酔もなしにだ!ああ、いや、金がなかったのもある。だが、奥歯をひっこ抜かれるあの痛み…クソ!こんな時に動かなくていつ動くんだ!?
 目の前で二人の職員はなにやら話しこんでいる。こっちに銃を向けているものの(しかしなんで今時リボルバーなんだ?)、あまり注意は向けていない。
 今のうちに無線で助けを呼ぼうとしているのに、全く反応がない。資料室はデータの漏洩防止のために一切の電波を遮断する建材で建てられている事をルイージは知らないのだ。
 唯一外部と繋がっているのは監視カメラだけ。
 ちくしょう、あのクソガキめ。『俺は一流のハッカーだ』だと?『あんたみたいな人生の落伍者と一緒にしないで欲しいね』だと?よくも言ってくれやがったな。こんな肝心な時に何もできやしねぇで。
「…それが署だけでなく軍にまで乗り込んだのとなんの関係がある?」
 ルイージには無愛想なリボルバー野郎とメガネのインテリ臭い男の会話が、どこか噛み合ってないように見えた。
 メガネは話しながらキーボードを叩く指を止めないし、リボルバーはこっちを見ているようで見ていない。かといってメガネを見ているようで、やはり見ていない。
「署にはなかったんだ。遺伝子についての資料がね」
「なんだと?」
「遺伝子と、それに関係する治療の規制。軍警察にのみ利用許可が出ている特別な遺伝子投与の詳細がね」
「アンタ、唯一の取得の頭までぬるくなったのか?遺伝子の事が知りたきゃ病院に…」
「…正確には、署内にデータはあった。だが、僕が見ようとする数秒前に消去されていた」
「なに?」
「明らかに何者かの外部からの操作だ。だが軍の資料室は完全に外部から遮断されているし、ブレインダイブも出来ないようにアナログ操作しか受け付けない。だからこうしてキーボードを叩くなんて前時代的な事をしてるんだ」
「クッパの事を探られたくない奴…。カービーか?」
 カービー?クッパ?
 カービーって言や、ニンテンドーの中央警察署長じゃなぇか。こいつら、もしかしてとんでもなくヤバイんじゃないのか。いや、待て。クッパ?クッパだと!?クッパなんて名前、そうそうあるもんじゃない。間違いなくあのクッパだ。なんてこった!こいつらはヤバイなんてもんじゃない。
 ちくしょう、神様、一体なにやってんだ!?このままじゃ俺まで中央からブラックディスクだ。マリオの野郎が人間殺してフラついてるのは無罪で、俺がほんのちょっとだけ金を欲しがったらこの仕打ちかよ?ちくしょう、なんでだ。
「まだ断定はできないが…僕は違うと見るね」
「なぜ?」
「僕らを泳がす理由がない」
「俺らをお縄にすれば話は済むからな」
「そこで考えを変えることにした。おそらく、データを消去した何物かは、僕らにクッパのデータは見られたくない。しかし僕らに知って欲しいことも別にある、と。あるいは、僕らにお目当てのデータを探させて、それをどこかから盗み見るつもりか。いずれにしても退屈な休暇を過ごすよりは遥かにエキサイティングでイカしているし、なにより君好みだ。だからそのお誘いに乗ってやろうってわけ」
「…」
「こんなやり方、ぬるいかい?」
「………どうやら俺は勘違いしていたようだな。アンタはぬるいんじゃない。イカレてるんだ」
「お褒めに預かり光栄だ」
「うるせぇよ」


2006年01月06日
00:30
74:遊帝(あそびてぇ)
 こいつは面白い事になってきた。
 カービーはマルスを一撃したピノキオを見てほくそ笑んだ。
 マルスのお坊ちゃま、たまにはいいクスリだぜ。いつも俺を部下扱いしやがって。てめぇは小娘に頬を張られて反撃も出来ず泣くだけかい?しかも一喝されてブルッちまいやがった。大統領(あのクソ平和主義者め!同性愛者を否定しやがったんだ!)の辛気臭ぇ葬儀なぞ出たくはなかったが、こんな面白い見世物が見れるとは、世の中捨てたもんじゃない。
 祭壇上では未だにキノピオとマルスのやり取りが続いている。やり取りと言っても、マルスがなにか泣き言を言おうとしてキノピオがそれを叱り付けて黙らせているだけなのだが。
 カービーは先ほどから市長の妻、レディと密かにアイコンタクトを交わしている。偉大な市長さまは、まさか自分の妻がカービーと肉体関係を今も継続しているとは思うまい。まして、愛する妻が元は男だったとは。
 カービーにとって女など肉の塊だ。特にあのビラビラのついた汚らしい小便穴は見るだけで吐き気を催す。それに対して男の男根の雄々しさはどうだ。ギュッと閉まったケツの穴を思うとたまらなくなる。厚い筋肉に覆われた逞しい胸も良いが、未発達な少年の薄い胸も悪くない。
 カービーは子供の頃、近所のシャブ中の売春婦に長い間性的虐待を受けて育った。それから女という生き物を憎み、生きるに値しない最低のクズ肉として軽蔑するようになった。特に女性器に対する憎悪はもはや病気といってよかった。
 その売春婦はカービーにとって初めての女であり、初めての憎悪と侮蔑の対象であり、そして初めて殺した相手となった。
 元が男であれば、つまり性転換した女なら十分相手をする事が出来る。もちろん人造とは言え女性器には触れようともしないが、肛門性交ならば可能だ。そういえば、あの三姉妹はなかなかイイ具合だったな。普段は自分達が責めるもんだから、俺に許してくれと泣いてすがりついてきやがった。勿論、優しい俺は笑顔でNOと言ってやるのだ。あの時のあいつらの顔といったら!あの三匹、また犯りたい。
 レディは今でこそ市長の妻だが、元は市長に金で買われていた愛人だ。さらにそれ以前はカービーの愛人でもある。いや、奴隷というべきか。麻薬という鎖でつながれた主従関係だ。
 レディはニカラグアが共産ゲリラ達に完全に制圧された時、治安維持の名目で派遣された軍に拘束された。現地でスパイ活動をしていた疑いだ。結局軍は謎の武装勢力によって崩壊したが、その後もレディはスパイとして中央で最高級のオモテナシを受ける事になったのだ。その時彼女を担当したのが尋問のアドバイザーとして出向していたカービーだ。
 カービーは彼女の口を割らせるために最も効果的で手っ取り早い手段を使い、中央が必要としている以上に大量の情報を入手した。"彼女"が以前は"彼"であった事もその一つだ。それまでのレディはストレスを解消する道具であり、悲鳴を奏でるオーディオだった。いつ壊れても構わない玩具だ。しかし元が男だと分かると、それに性処理道具という機能も加わった。レディはキノコ欲しさにカービーに忠誠を誓った。いや、キノコに、麻薬に命を捧げ、忠誠を誓ったのだ。カービーにとってはどちらも同じ事なのでどうでもよかった。
 市長がレズビアンだと知り(正確にはバイだったが)、カービーはレディを市長に接近させた。レディは余程同性、つまり女と寝るのが嫌なのか、それだけは許してくれと必死に懇願した。散々殴る蹴るを繰り返し、丸3日麻薬を与えないでおくだけでレディは言う事を聞いた。泣いていたように見えたが、やはりカービーにはどうでもよかった。自分とこのオカマ野郎は地上のいかなる精神的な結びつきよりも強固につながっており、死ぬまで変わる事はない。相手が望むか望まざるかはどうでもいいのだ。
 こうしてカービーはレディというパイプを使い、世界で唯一、中央政府から独立自治を許されたニンテンドーシティの最深部に容易に触れる事が出来るようになった。それは世界の中心に触れるのに限りなく近かった。
 先ほどから送っているアイコンタクトの意味を理解したのか、レディは市長に耳打ちしている。
 市長がカービーのほうを向いた。目が合う。
 イイ女ってやつか。けっ、メス犬。肉ビラつき、タマナシの変態。
 壇上では信者どもがそろそろ冷静さを取り戻したのか、キノピオに対して今にも飛びかからんような勢いだ。
『貴様!マルス枢機卿さまに一体なにを!』
『バカヤロウ!偉大で、崇高で、聡明で、高潔で、慈愛に溢れ、威風堂々たる、敬虔にして清廉なる、大統領閣下の崇める教えの宗主、マルス枢機卿さまだろうが!この不心得者が!!!』
『あ、す、すいません、マルス様お許しを…』
『まぁだ分からんのかぁ!偉大で、崇高で、聡明で、高潔で、慈愛に溢れ、威風堂々たる、敬虔にして清廉なる、大統領閣下の崇める教えの宗主、マルス枢機卿さま、どうぞお許し下さいませ、だろうがぁ!』
『た、助け、け、け、けけけけてててってってててっててて』
『お、おい、みんな?そんな奴はいいから、あの娘を…』
『お任せ下さい!偉大で、崇高で、聡明で、高潔で、慈愛に溢れ、威風堂々たる、敬虔にして清廉なる、大統領閣下の崇める教えの宗主、マルス枢機卿さま、この大馬鹿者は我々で再洗礼いたします!どうぞご存分にあの小娘をご洗礼下さい!』
『え、えーと…』
『どうしたのです!マルスとかおっしゃるあなた!信者の方々の手を借りねば何もおできにならないんですか!?』
『こ、こやつ!言わせておけば!いかに大統領閣下の姪御といえど、マルス様への無礼は許さぬぞ!?』
『きぃさぁまぁもぉかああああ!偉大で、崇高で、聡明で、高潔で、慈愛に溢れ、威風堂々たる、敬虔にして清廉なる、大統領閣下の崇める教えの宗主、マルス枢機卿さまへの無礼は許さぬ、だぁぁろぉおおおがあああ!!!』
『ひぇ、や、やめ、ごめんな、さ、あぐ、うばぁ』
『………あのー』
『さぁ、偉大で、崇高で、聡明で、高潔で、慈愛に溢れ、威風堂々たる、敬虔にして清廉なる、大統領閣下の崇める教えの宗主、マルス枢機卿さま!あの小娘に罰を!私どもにお構いなく、ご存分にどうぞ!』
『…えーと………そのー…』
 いや、あまり冷静でもないようだ。それともあれが奴らの日常なのか?連中が後生大事に有難がっている教えとやらだろうか。まぁいい。勝手にシューキョーだのテツガクだの崇めてな。
 それにしてもあのキノピオとか言う小娘、たいしたタマだな。あれだけの人数をむこうに回してまるで怯みやしない。…いや、小刻みにだが震えてる。必死にコワイの抑えてるんでちゅか〜。可愛いもんだ。


2006年01月06日
00:32
75:遊帝(あそびてぇ)
 さて、そろそろ俺の出番だな。
 カービーが席を立って事態を治めようとしたその時、真後ろから声が聞こえた。よく通る、澄んだ声だ。
「…まぁまぁ、ここは故人を悼む場です。互いに誤解しあったままでは大統領も草葉の陰で悲しまれましょう」
 誰だ!?俺が言おうとした台詞を取った野郎は!?
 カービーの後ろの席でにこやかな、そして少し困ったような顔をしたネスが立っている。
 ネスの声は会場全体に響き渡り、誰もが耳を傾けざるを得ないような力に満ちている。
「キノピオお嬢様は御存じないかもしれませんが、これが教団の皆様方の死者を悼む教義なのです」
(…このやたらと通って響く声、気に触りやがる)
 カービーは自分の出番を奪われたような気がして忌々しげにネスの顔を見ていたが、ここはネスに任せても良いかと思えた。(予定とはちょっと違うが、まぁいい。ここで警察署長様である俺が出るのもちょっと違うような気もするしな)
 カービーは前のほうの席で自分と同じくニヤついているディディー中佐を見た。視線に気づいたのか、中佐もこちらを見る。「これは互いの事を知らなかったがゆえに起こった不幸。無知は不幸な事ですが、罪ではありません。我々は万能でもなければ全知でもんなにのです。これ以上互いの不幸を拡大せず、むしろ両者の違いを認識できた事を神の思し召しとすべきでしょう」
 …そういう事かい。
 カービーはようやくネスの言わんとしてる事が分かった。
「しかしですな、ネス社長。この小娘は偉大で、崇高で、聡明で、高潔で、慈愛に溢れ、威風堂々たる、敬虔にして清廉なる、大統領閣下の崇める教えの宗主、マルス枢機卿さまに手を上げおったのですぞ!?」
「そうだ!本来ならば極刑だ!」
「吊るし上げろ!火あぶりだ!」
 信者達はおさまりがつかない様子で、口々に抗議しだした。
 この隙に、カービーはマルスの傍まで近づき、そっと耳打ちした。
『マルス様、ここは穏便にしたほうがよろしいかと』
 マルスは何を言っているのか分からない、という表情でカービーを見た。
『御覧なさい、あの娘を。偉大で、崇高で…あー、まぁともかく、偉大な貴方様を殴るという大罪を犯したのですぞ。悪魔憑きに違いありません』
『そ、そうだとも署長!だから僕は…』
『しかし彼女は大統領閣下のご血縁で、ヤマウチ財閥の御令嬢でもあらせられます。ここで手荒な事をしてヤマウチグループの面目を潰すのは得策ではありません』
『でも…あの娘、僕を!』
『実に美しく可憐なお嬢様です。あのように幼く、そして美しいお嬢様はマルス様直々の洗礼で救ってあげるべきではないですか?』
 マルスはハッと何かに気づいたようにキノピオを見た。その顔にニヤニヤとだらしのない笑みが浮かぶ。
『ここは穏便に済ませ、その後彼女を洗礼すれば…。きっと彼女は貴方様の忠実な部下になるはず。ヤマウチグループも快く教団に協力して下さいますぞ…』
「お、おい、お前達控えろ!キノピオお嬢様、ここは僕達が無礼でした」
 カービーの囁きが終わるか終わらない内にマルスは信者達を制止した。あと数秒遅かったら信者達はキノピオに飛び掛っていただろう。「僕達も教義を知って頂くよう努力すべきだったね」
「…さすがは寛大なるお裁きです」
 ネスはマルスのほうではなくキノピオのほうに向き直った。「とは言え、これから葬儀を執り行うのは教団の方々。納得できない方もいらっしゃるでしょう。ここはお嬢様には一度ご退席頂くべきかと思うのですが?」
「…分かりました。私も思慮が足りなかったようです。マルス様、ご無礼をいたしまして申し訳ありません」
 キノピオは不承不承という様子ではあったが、マルスに頭を下げた。マルスはその姿を見てますます締まりのない笑みを浮かべる。口元からは今にも涎がこぼれそうだ。
「貴様!まだ分からんのか!偉大で崇高で…」
「もういい!やめろってば!」
 マルスはなおもキノピオに食ってかかろうとする信者を叱り付けた。
 マルスの不興を買った者の末路を知っているだけに信者達は縮こまったが、マルスはそれ以上何もする事はなかった。歩き去ってゆくキノピオの未成熟な尻を凝視しながら息を弾ませている。心なしか両の手は股間を押さえているようにも見える。
 カービーは今度はマルスの傍らでオロオロしているカシムに耳打ちした。
『あのお嬢様を尾けるんだ』
『えぇ?』
 カシムは急に声をかけられてかなり驚いたようだ。
『人目のつかないところで"保護"して、その後洗礼するようマルス様からのご命令だ。急げ』
『は、はい』
 カシムはそのままキノピオが退出した扉に向かって走った。
 カービーはディディーのほうを見て笑った。この後、俺もお楽しみの時間なのだ。
「さぁ、偉大で崇高で聡明で高潔で慈愛に溢れ威風堂々たる、敬虔にして清廉なる大統領閣下の崇める教えの宗主、マルス枢機卿さま。葬儀を」
 ネスの言葉が淫らな妄想に耽っていたマルスを現実に呼び戻した。
「よ、よし。それでは、葬儀を行おう。マリク大司教に代わり、アラン司教。頼むよ」


2006年01月06日
19:40
76:遊帝(あそびてぇ)
「一人殺せば悪党で、100万人だと英雄です」
 スクリーンの中のチャップリンは白黒の世界に存在している。
「数が殺人を神聖にする」
 それはモートンが生きてきた世界とあまり変わらない。今までの世界にも、"白"か"黒"かの二種類しかいない。まれに黄色だのアカだのがいたような気もするが、所詮は"白"と、それ以外のなにかだ。
 その中でも"黒"は特別だ。特別にクソまみれな生きかたを強要された。
 モートンはチャップリンを尊敬している。彼は"白"のはずなのに、黒いタキシードで身を固めている。
 "黒"といえば、それは敗北の色だ。不潔、邪悪、愚鈍、劣等、不当、差別、虐殺、服従、不平等、人間以外、人間に似たなにか、家畜と同じ、殺しても良いもの、ギョロりとした目で睨むなにか、得体の知れない隣人、ああ、奴は俺達の財布の中身を奪ってるに違いない、いや、きっと奴らは俺達をレイプしながら殺すに決まってる、殺せ、殺せ、殺せ、私刑だ、裁きだ、なぁに神様は分かってくれる、だってこいつの肌はこんなに汚いんだぜ?、神よ祝福よ、などの意味を表す色だ。
 その黒を、大スターのチャップリンが着ている。
 自分には学がないのでよく分からないが(小学校で特に理由もなく教師にショットガンで撃たれてから学校には行ってない)、きっと彼が考案したウィットに富んだ最先端のジョークなのだろう。素晴らしい。
 モートンは暇さえあればチャップリンの古いムービーを見ていた。旧世紀が生んだ世界的大スター、世界に白と黒の皮肉を振りまく、当時最先端のブッラクユーモリスト。
 市庁舎から帰ってくると、すぐレンタルビデオ屋に駆け込み、大量のチャップリンのムービーや、コメディドラマを借りて来た。
 例のジョークは受けなかった。だからモートンは次のジョークを考えねばならなかったのだ。
 大統領の顔に小便をひっかける。最高のジョークのつもりだったのに、誰も笑ってくれなかった。市庁舎の職員は頭が固いからと言い訳もできるが、小隊のみんなも笑ってくれなかった。
 ということは結論は一つ。
 つまらなかったのだ。
 だから、自分はもっと良いジョークを考え、そしてみんなを笑わせなければならないのだ。

 もう10数年前になるのか。
 まだクッパが王国送りになる以前、モートン達の指揮を直接執っていた時期に、8人目の隊員、Jrが加わった。
 ドルピックという名のその少年は、チームで最年少だった。当時モートンは入隊して2年、同年代のレミー、ロイとともにはじめて出来た後輩を歓迎した。
 Jrの志望動機はレンタにしてはかなり珍妙なものだった。彼は志望動機を聞かれた時に胸を張って『この街を悪い人たちから守って、弱い人達を守りたいからです』と堂々と答えた。制服組、つまり正規警官の採用面接での模範解答だ。更に『正義のヒーローになりたかったからです』とまで付け加えたからチームの者達は大爆笑した。Jrが冗談を言ったと思ったからだ。
 しかしJrはいたって真面目だった。それがきっかけで、親しみをこめてJr(坊や)と呼ばれるようになったのだ。当人はこの名前にかなり不満があったようだが、別に誰も悪い意味で言ったわけではない。
 そのうち、Jrは隊の中に溶け込んでいった。
 ジョークを言ってるわけではなかったが、その真っ直ぐな発言が妙におかしく、よく隊の者を笑わせていた。

 当時、モートンは無口だった。
 周囲の人間を信用できなかったのだ。
 モートンの両親は彼が生まれた時に肌の色を見て悲鳴をあげ、彼を文字通り投げ捨てて蒸発した。その後は同じ肌の色の叔父が育ててくれたが、その叔父も近所で起こった強盗事件の犯人と断定され、壮絶なリンチの後に死んだ。
 モートン自身も、強盗の子としてリンチを受けた。左手は指を全て切り落とされ、耳と鼻を削がれた。なぜこんな目に合うのかは分からなかったが、自分の肌の色が原因である事と、世界が自分を殺そうとしている事は理解できた。あと、そうして自分が死んでも、誰も、法律さえも気に留めないだろうという事も。それこそ痛いほど、イヤという程に理解できた。
 モートンは銃が欲しくてレンタになったのだ。
 黒人としては至極単純で、レンタとしては最も多い志望動機だった。
 モートンは最初、ロイやレミーともあまり話さなかった。二人とは話さずともなんとなく理解しあえたからだ。彼らもなんらかの理由で両親の元にはいられなかったので、三人で共同生活を送っていた。同じ境遇の空気を吸って来た者だけに分かる、勘のようなものだった。
 あまり喋らなかった理由は他にもある。鼻がないので空気が抜けたような間抜けな声で、耳も片方ないので自分の声がとにかく間抜けに聞こえるのだ。それに、モートンの生まれ育った地方の訛りがひどかったのもある。
 隊の備品になる事でサイバー化が可能だと知った時、モートンは全く躊躇わず申請した。クッパはあまり良い顔はしなかったし、隊の者もモートンを止めた。特にロイとレミーは本気で怒った。それはとても嬉しい事だった。今自分は一人ではないと実感した。
 だが、だからこそ隊の備品になる決意はなおの事強まった。自分はニガーだ。ニガーは奉仕するものなのだ。
 モートンはガナー装備の基本フレームとして、脊髄を中心に、上半身のほぼ全てが機械になった。ただ、黒い肌と頭部だけを残して。

 Jrはモートンには特になついていた。理由は"カッコイイ"からだそうだ。特に完全にメタルプレートが剥き出しになった上半身のデザインが正義の味方に見えるらしい。
 Jrがお世辞を言えるような器用な少年にも思えなかったから、おそらく本気でそう思っていたのだろう。
 モートンにしてみれば肌の色を残したままのハーフボーグなどかなり不恰好に思えるのだが、ホメられて悪い気はしなかった。

 隊がこれまで以上の絶望に包まれた時−
 Jrが死んだ時だ。
 ガサ入れに入った先で、悪あがきするチンピラどもとの銃撃戦にやられた。先輩達に良いところを見せようと先走ったのだ。
 麻薬の密輸をあげ、それを役人が売りさばくための任務。
 なんてことのない、本当に取るに足らない事件だった。
 正義もクソもない、ヒーローとは程遠い小競り合いで、Jrは死んだのだ。
 モートンは泣いた。
 生まれて初めて、自分以外の誰かの為に泣いた。
 押収した薬物を売りさばこうとした役人の自宅に砲弾を撃ち込んだのはその日の深夜だった。たまたまそこにいた当時の警察官僚達も一緒に木っ端微塵に吹き飛んだ。
 署の誰もが真相を知っていたが、特にモートンを追究しようとする者はいなかった。役人は嫌われるものだし、うるさい上官が排除された事は歓迎すべき事だったからだ。
 それに、モートンがやらなければ、他の誰かがやっていた事だろう。


2006年01月06日
19:42
77:遊帝(あそびてぇ)
 役人に花火をお見舞いしたその夜、モートンは頭部を全て機械で覆う為の改造申請用紙を提出した。
 クッパが顔を変えたほうがいいと薦めたからだ。顔は見られなかったと思うが、年には念を押したほうが良いという事だろう。
 これで、もう涙を流さなくて済む。ものはついでとばかりに、更に強化パーツを埋め込んだ。
 車両並みの速度で走れるマシンレッグ、両腕にはグレネードを埋め込めるウェポンラック、脳と銃口を直結するスマートリンク、各種装備をマウントできる伸縮式の背部テールバインダー、その他諸々。

 皮膚と脳を除いて、ほぼ全てが機械に、いや兵器と化した。
 仲間を失い、その上また別の仲間がフルボーグになったのを見て、小隊のメンバーは言葉を失った。ややあってから、ラリーだけがようやく口を開いた。
「…前より男前になったじゃねぇか」
 モートンは笑ったつもりだったが、鋼の顔面にはそんな機能はついてなかった。
 涙を流さずに済む代償は、笑顔だった。
「…自分は全身これ、武器の塊となりました。喋る鉄クズです」
 モートンは努めて明るく応えた。「そして、世界一頼りになる鉄クズです。これで小隊の火力は数倍に跳ね上がります」
「………その分毎週メンテが必要だけどな」
 ロイが不機嫌そうに言った。だが、モートンの身を心配して言ったのは皆分かっていた。ロイはいつもこうなのだ。
「危なくなったら守ってよね?僕らと違って装甲も凄いんでしょ?」
 レミーも出来るだけ明るく振舞っている。
「はい、理論上はロケット砲にも耐えうる程の装甲だそうです。総重量は0.5tとなってしまいましたが」
「500kgか。そいつはスゴイ。ほとんど軽自動車並みじゃないか」
 イギーが口笛を吹いた。いつも無表情な彼にしては珍しい。
「ダイエットが必要だな」
 ルドウィッグも珍しく笑っている。
「ウェンディの約10倍以上か」
 クッパも茶化すように笑う。
「あら残念。私、もう少し重いわよ?」
 ウェンディもこの会話に入って来た。
「コケんなよ、おめぇがコケると床が抜けちまう」
 ラリーがゲラゲラと笑った。
 Jrがいない穴を、失った笑い声を、みんなが取り戻そうとしていた。
「しかしまた、見事に火薬と電子装備だらけだな」
 クッパがふと、モートンの全身を眺めて口を開いた。「フル装填した状態で被弾すれば、走り回って転げまわりながら爆発する事になるぞ」
「まさに、ファイアーボールニガー…というやつです」
 モートンは精一杯のジョークを口にしたつもりだった。しかし自分ではたいしたジョークではないとも思った。
 ファイアーボールニガーとは、ストリートでパンクどもやイライラしている警官達が時折行うニガーボールで使われる言葉だ。ニガーボールは生きた黒人の首を切り落とし、それでサッカーを行うという悪趣味の極みのような遊びだ。中でも黒人に火をかけてから首を切り落とし、燃え盛る首をボールにするという救いようのない愚かな遊びがある。その時のゲーム開始の掛け声が「FireBallNIGGER」なのだ。
 モートンは咄嗟に思いついたニガーボールの言葉をそのまま口にしただけだ。とてもジョークと呼べる代物ではない。口にしてから後悔したがもう遅い。ああJr。お前ならもっとうまくやれたろうに。
 だから、小隊の人間が大爆笑した時は驚いた。
「ひ、火ダルマで走りまわるモートン!?こ、こりゃ傑作だ!」
 最初に爆笑したのは、なんとあの愛想のないルドウィッグだった。
「お、お、俺も今思い浮かべちまった!た、たまらん!」
 ロイも腹を抱えて笑っている。
「しかも、しかもよ!?それって火を噴いてそこいらじゅうに弾薬を撒き散らしながら走り回るんでしょ!?すごい!これは凶悪だわ!」
 ウェンディも笑い過ぎで椅子から転げ落ちた。淑やかな彼女がこんな姿を見せるのは初めてだ。
「しかもさぁ!それ燃料も撒き散らしてんだぜ!?走り回ってるうちに誰かに当たってみろ!そいつも一緒に人間松明じゃねーか!」
 普段から朗らかなラリーはもう床に這いつくばって笑いをこらえている。しかしその試みはうまくいってないようだ。
「うっわー!超迷惑じゃん!ぷっ………あははははは!」
 レミーもその図を想像してしまったらしい。
「こっこっ、こいつはスゴイ!どんな兵器よりも強力だ!しかも、僕らまで巻き添えってあたりが特にスゴイ!まさに最終兵器だ!」
 冷静なイギーもノックアウト寸前だ。しかも彼の言った内容が更に笑いを誘い、もはや小隊でまともに立っている者はクッパとモートンだけだった。そのクッパも、普段の仏頂面がヒクヒクと痙攣し、唇が必死に笑いをかみ殺そうとしている。
「お、おいおい、お前達、現実に起こったら大惨事だぞ?とても笑い事じゃ……………ぶっ…ぅわははははは!!!す、すまん、モートン!お、お前が走り回るというだけでも滑稽なのに、更に火までついて爆発しながら………だ、駄目だ!俺も…ぅわははははは!!!」
 最後までなんとか堪えていたクッパだったが、とうとう笑いの誘惑に屈した。
 はじめて受けたジョーク。
 はじめて仲間が死んだ夜、その陰鬱な気分を吹き飛ばしてくれたジョーク。
 ファイアーボールニガーという言葉は、モートンにとってとても大事な言葉になった。

 大事な言葉を額に刻んでから、何度かモートンをボールにしようと試みたパンクどもはいた。が、その全ては一人の例外もなく逆にボールにされた。
 モートンはそれを足でドリブルし、ゲームをやろうぜと誘った。新しいゲーム、パンクボールの始まりだ。本人にすればジョークのつもりだったが、パンクどもは青い顔で丁重にその誘いを断った。
 更に背中にも大事な言葉を刻印してからは誰もこの大胆な挑発には乗らなくなった。
 もうモートンに銃は必要なかった。

 もう涙は流せない。
 もう笑顔もつくれない。
 その二つは自分の人生と、仲間の為に捧げた。
 その代わりにたくさんの物を得た。
 それに比べたら毎週メンテナンスを受けねばならない(ご丁寧に激痛と苦痛が伴う)事も、毎食が固形ブロックとエネルギー補給だけで人間らしい食事ができない事も些細な問題だ。時々あの安っぽいキブルが恋しくなるが、それは贅沢というものだろう。
 生きているというだけで突然殴られる事はなくなったし、大事な仲間がいて、彼らに大きく貢献できる。こんなに素晴らしいことはない。
 あとはジョークが受けるようになれば完璧なのだが。
 自分はJrと違って自然体で人を笑わせる才能などない。だからジョークを勉強するしかない。偉大な英雄チャップリンよ、この哀れで愚かなニガーにどうかご加護を。
 モートンは見終わったDVDを、また頭から見直し始めた。


2006年01月12日
17:22
78:遊帝(あそびてぇ)
「…あった…これだ………」
 ちくしょう、頭が痛ぇ。
「………………お目当てか。………のエン…なんだって?」
「………列。遺………………………るアミノ酸」
「………だそれ」
「………ってくれた、ありがたい救世主……………」
 救世主か。くそ、そんなもんいやしねえ。
「…………………しかなかった………………………………キノコ、正式名称19850913号によって……」
 キノコ?そうだ。金になる。なんだ?くそ、マリオ、なんでオマエが出てくるんだ。消えろよ。ああ、ごめん、ごめんよ、兄さん、許してくれ。やめてくれ。痛い。くそ、くそ、くそ。

「アンタ、やっぱりジョークのセンスはないな。ラリーの下品なジョークのほうがまだ笑える」
「そう思うんなら、たまにはモートンのジョークにも笑ってあげたらどうだい?」
「ありゃジョークじゃない。寝言って言うんだ」
 ルドウィッグとイギーが話している傍らで、床に寝そべっているルイージが呻いた。逃亡を図ってアッサリ発覚し、イギーに殴り倒されたのだ。
「…そろそろ起きそうだな」
「スミス君とやらが起きる前にズラかろう」
「しかし、アンタもつくづく強引だな。このスミスとかいう奴、かなり痛そうだったぜ」
「そいういう君も、今はスミス少尉殿だろ?…さぁ行こう」
 イギーが椅子から立ち上がった時、ロッカーからガタリという物音がした。
 即座に銃を構える二人。
 沈黙。
 ロッカーからなにか飛び出して来たり、いきなり銃弾が穴を開けて飛び出して来るという事もなく数秒が経過した。
 ロッカーを確かめようか、ルドウィッグがイギーに目配せした瞬間、突然入り口の扉が開いた。
「ほぉぉ…」
 薄暗い資料室に廊下の明るい照明が飛び込んで来て、一人の男を逆光にして映し出した。イギーとルドウィッグの銃は反射的にその男に向けられる。
 逆光のため顔はよく見えない。だが、そのギラギラした眼光だけはいやに印象的に目に飛び込んで来た。
「どうした?資料室で銃なんぞ抜いて…。穏やかじゃないな」
 男は銃を向けられているにも関わらず、随分と冷静だ。むしろ楽しくて仕方が無いという様子で、必死に笑いを抑えているのが声の様子で分かる。
「スミス少尉に…トム少尉か。…で、そこに倒れているのは受付のほうのスミスか…。二人のスミス…こいつはいい」
 男はとうとうたまらなくなったのか、くくと笑いを漏らした。
「ネズミが三匹も…。空から降りて来てさっそくこの騒ぎか。いいねぇ。実にいい。やはり地上はこうでないとな。退屈せずに済む」
 含み笑いのまま、男は無造作に部屋の中に一歩足を踏み出した。まだ顔は見えないが、肩の階級章から大尉である事が分かった。
 思わず後ずさるイギーとルドウィッグ。ここで発砲すれば後戻りはきかなくなる。だが、このままこの男を放置するわけにもいかない。しかし、この大尉は発砲を躊躇わせる、なにか不気味な雰囲気を発している。
「くっ…」
 ルドウィッグが愛用のリボルバーの照準に、大尉をおさめた。
「ほぉ…マケドニアの77MAGか。珍しい獲物だな。常人が撃ちゃあ、肩の骨が砕けるようなイカレた代物だ。いいねぇ。どうした?撃ってみな。避けやしないさ。ちゃあんと当たってやるよ」
「…」
「ほぉら、ここだ」
 大尉が自分の胸を指差した。「ここが心臓だ。なんなら頭にするかい?」
「…!」
 ルドウィッグが引き金を引こうと人差し指に力を込めようとした時、大尉の全身が血に染まり、血だるまになった…ように見えた。あるいは血の海に沈んだ…とも見えた。ともかく、真っ赤なものが大尉の手足だけを残して完全に覆いつくしてしまったのだ。
「逃げるぞ!」
 ルドウィッグが一瞬の戸惑いを見せた後、イギーがいち早く部屋から飛び出していた。
 ルドウィッグが大尉のほうを改めて見ると、服を返り血で真っ赤に染めた男が大尉に飛び掛って地面に押し倒していたが分かった。ロッカーから飛び出したらしい。先程の物音の主はこいつだったのだ。
「うおおおきぃいいいあああああううううおおおおおおおお」
 獣のような、それでいて壊れかけのスピーカーが発するような耳障りな高音ノイズ交じりの咆哮をあげ、大尉に噛み付く血塗れの男。
 こいつがどういう理由で飛び出したのかは知らないが、チャンスには違いない。
「急げ!」
 イギーの声が部屋の外から聞こえる。
 ルドウィッグが床を転がる二人を飛び越えようとした時、何者かが彼の足を掴んだ。
「!?」
 床で寝ていたルイージだ。
「へっ…へへへ…待てよ、てめぇも、食われちまえ…クソ野郎!」
 更にルイージはルドウィッグの足を両手で掴み、その足に全身でしがみついがた。「ようやく…出てきやがったな…!吉井!こいつも食っちまえ!」
「離せ!」
 ルドウィッグはルイージの顔面を蹴り飛ばした。しかしルイージは手を離そうとしない。
「こいつを殺れ!吉井!そんな奴に構うな!」
「この…」
 ルドウィッグがルイージの頭に照準を定めた時、廊下から数発の銃声と、イギーの悲鳴が聞こえた。


2006年01月16日
17:51
79:遊帝(あそびてぇ)
「あっはははは!いいぞ、なかなかの精度じゃないか」
 サトシはその画像を見て笑い転げていた。額と首のジャックから伸びるコードが彼の脳に直接映像を送り込んでいる。
「…っん………ふぅっ…ん…」
 大型のメインフレームの専用席に座るサトシの上で、ピカチュウが体を悩ましげにくねらせていた。時々切なげな吐息がもれる。
『お、おい!吉井の奴が言う事聞かねぇぞ!一体…』
 軍服に身を包んだルイージの慌てふためいた声が聞こえて来る。
「…どうやら、戦闘能力の増強で判断力が鈍ったみたいだね。まあ、新型ポケモンの破壊力は見ての通りさ。そこの大尉殿、相当な凄腕らしいが手も足も出ないじゃないか。だったら、多少の暴走なんてたいした問題じゃないだろ?」
 サトシはゲラゲラ笑いながら通信を返した。全く、このルイージっていう奴、なんて愉快なんだ。こんな素敵な見世物、ちょっと他じゃあ見られない。
『バカ野郎!よ、吉井が言う事を聞かねぇって事ぁ…うわ!』
 画像の中のルイージが、またスミスとかいう奴に蹴り飛ばされた。今度こそ手を離したルイージは鼻を抑えて転げまわる。その様子と言ったら!スミスが、スミスに蹴られたってわけか。これまた傑作だ。たまらない。サイコーのコメディだ。あんた、才能あるよ。
「んふぅ…んっ…!
 ピカチュウの体が大きく揺らぎ、何度か硬直したかと思うと背中の筋肉を痙攣させる。しばらくその状態が続いたかと思うと、そのまま力が抜けたようにサトシの体によりかかった。

 ルイージを蹴飛ばしたルドウィッグは足を着地させずにその勢いを利用して扉まで跳んだ。意固地なイギーがあんな悲鳴をあげるという事は、相当なことがあったに違いない。となると、こんな雑魚を相手に貴重な弾薬を使うわけにはいかない。
 床を転げ回る二人の男を飛び越え、廊下に飛び出した時に見た光景は拳銃を構えた二人の兵士の姿だった。
「賊が!」
「生きて帰れると思うな!」
 それぞれ赤と緑の軍服に身を包んだ男達は、ルドウィッグに向かって発砲した。
 それと同時に、ルドウィッグも発砲した。まだ彼の体は空中に浮いており、地面に足がつくのと発砲したのはほぼ同時だ。
「ぐゎっ!」
「リョク!」
 まず赤いほうの銃が吹き飛び、宙を舞った。地面に落ちるまでに回転しながら、いくつかのパーツに分解してゆく。続いて緑のほうの右肩に銃弾が喰い込んだ。二人が一発づつ銃弾を発砲する間に、ルドウィッグは3発の銃弾を放っていたのだ。
 最後の一発は天井にあるスプリンクラーの発射口を直撃した。
 火災の発生を知らせるけたたましいサイレンが鳴り響き、天井だけでなく床と壁面からも化学消化剤が一斉に吹き出した。
 霧に煙る視界の中、ルドウィッグは後方の曲がり角まで後退した。
 曲がり角では予想通り、イギーがへたり込んでいる。被弾した腹部から流れ出した血が床に赤い水溜りをつくっている。
「大丈夫か!?」
「…あ、ああ。ドジったよ…。この雨が降らなきゃ気絶してたな…」
「歩けそうか?」
「…歩かないわけにはいかないだろう」
 イギーは口を開くだけで辛そうな様子だ。
「応急手当する暇もない…か。やむを得ん、奴らに救援を…」
「駄目だ…!」
 ルドウィッグが無線を使って仲間に連絡しようとした時、鋭い口調でイギーが制止した。
「なに?」
「駄目だ…ルドウィッグ…!みんなに…迷惑はかけられない…!特に彼…ラリーには…これ以上…絶対…」
 それだけ言うとイギーは気を失ってしまった。
 奥のほうから多数の足音が聞こえる。基地の連中がこの騒ぎに駆けつけたのだ。
「…くそ!だからって、ここで死ぬわけにはいかんだろうが…!」
 ルドウィッグはイギーの体を担ぎ上げた。
 イギーの血がルドウィッグにも滴り落ち、制服を赤く染めていく。
「なんの騒ぎだ!?」
「おい、あそこに誰かいるぞ!?」
「どうした!火災はどこだ!?」
 ハッキリと見えない不明瞭な視界の中で、数人の職員の姿が見えた。
 こちらを見つけたようだ。

 吉井の執拗な噛み付きにも、デビルはまるで動じなかった。
「…ふん」
 どすっと鈍い音がして、吉井の体が空中に舞い上がった。デビルが急所の股間を蹴り上げたのだ。
 一回転して地面に背中から落ちる吉井。
 デビルは噛み付かれた肩口に手をあてながらゆっくりと立ち上がった。傷口からは青い液体がとめどなく流れ落ちている。酸素運搬効率を重視して造られた軍用の人工血液だ。
「おぉ痛ぇ。…おいおい、すごい目だな。何をいれた?キノコか?…いや、違うな」
 デビルはのそりと起き上がる吉井を見ながら言った。
 吉井は股間を蹴られたというのに、全く動じる様子がない。それどころか、焦点の定まらない目でデビルをにらみつけている。口からはだらしなく涎を垂らし、左腕もおかしな角度に曲がっている。着地に失敗したようだ。しかし、それを気にかける様子はやはり見られない。
「ふぅー、ふぅー、ぅああーーー…」
 涎を垂らし続ける口から奇妙なうめきが漏れた。
 じょびじょびじょびじょび。
 吉井の股間から湯気が立ち、真っ赤に染まった背広のズボンを濡らした。さらにびちびちっという音がして異臭がたちこめる。
「マリオの野郎と同じ症状か。下の締まりがなくなるほどの殺人衝動といえば…」
 デビルは吉井の首下を見た。スティックを指す為の細いスロットがいくつか見え、その内の一つになにかが挿入されているのが見える。「こりゃ驚いた。ポケモンとはなぁ。しかもギリギリまでチューンされた殺人タイプか。これじゃクソや小便漏らすのも無理はない。生きる上で必要な行為まで忘れるとはな」
「ぅうひぃぃいぃぁあぁぁぁぁああーーーーー」
 びちゃびちゃと涎の塊を床に落としながら吉井が吼えた。その目には理性と呼べるものが宿っていない事が分かる。
「………それに、人語も忘れたか。いいねぇ。目の前の奴を喰い殺す以外の事ぁどうでもいい…。そうだ、殺人者たるもの、そうでないといかん…!」
 デビルは心底嬉しそうに呟いた。いつの間にか肩口の血は完全に凝固しており、青いインクをぶちまけたような巨大な染みを制服につくっている。
「久々だぜ…。オマエのその目…!近頃の犯罪者ども、見習ってくれるといいんだがなぁ」


2006年01月28日
13:19
80:遊帝(あそびてぇ)
「こいつ、一目でポケモンって見抜きやがった…!?」
 サトシは少なからず驚いた。
 吉井が外部メモリーによるポケモンプログラムに支配されている事をデビルが即座に見抜いたからだ。
 こいつ、戦闘用のポケモンが暴れてる現場を見た事があるのか。しかもそれを見て生きて帰ってきやがった。何者だ?…まぁいい。
『おいモルモット、早くそいつを殺れ。生きてられるとなにかと面倒だ』
 サトシは吉井の脳に埋め込まれた直結回線に向かって命令した。下手に自分にまで追跡の手を伸ばされてはたまらない。今やこのポケモンを使いこなせるのはサトシ一人しかいないのだ。
 間抜け揃いで知られる軍の追尾にひっかかることはあるまいが、無駄なリスクは減らしておくに限る。
 単純な命令も今の吉井には理解できないため、スロットの中のポケモンプログラムが更に単純な命令に翻訳し直す。即ち、KILLのわずか4文字に。
「あーーぁあぁあああーーー」
 麻痺した言語中枢が必死に命令を理解しようとしているのか、吉井が頭を左右に激しく振りはじめた。
 その仕草に合図となり、デビルが先に吉井に仕掛けた。
 デビルの左の掌からパタパタという音をたてて何かが垂れた。切手大の大きさで連結された四角形のチップだ。不恰好な鎖にも見えるそれが、ブゥンという低い唸りをあげて振動し、棒状になった。同時にデビルが左腕を吉井に向かって振り上げる。
 ざばぁっ。
 スイカやカボチャのような固い野菜に、切れ味のよくない包丁を突き立てたような音がした。それから一拍遅れて、吉井の右脇腹が肩口にかけて下からパックリと裂ける。棒状のそれが吉井の体目指して吸い込まれたように見えたのと同時だ。
 吉井の体を引き裂いたそれは、今はデビルの左手で唸りをあげている。軍用の高速振動鞭だ。
「あーー?」
 吉井の脇腹から流れる大量の血が床にまき散らされた。デビルの流した青い血と交ざって汚らしい、見るに耐えない色合いになる。
「うぅ、うーーぅふ」
 吉井が裂けた傷口を見ながら、鼻息荒く足踏みを始めた。かなり激しく興奮しており、一種恍惚とした感すらうかがえる。傷の痛みに怒ったのではなく、大量に流れ出る鮮血を見て興奮しているのだ。表情から察するに、おそらくは性的に。
「うふぅう、ぅあーーああ、ひぃあああーー」
 吉井の十指から爪が伸び始めた。不自然な伸び方に似合ったメタリックな光沢の爪だ。30cm程の長さに伸びたあたりで、吉井がデビルを見据えた。
「ぅあぅ、おぅ、おぅ、おぅ」
 足踏みが小刻みで、激しくなった。まるで礼でも言っているかのような無邪気な表情だ。鼻水も涎も盛大に溢れだしたが、それを気にかける様子もない。もしこの時吉井の尻に犬の尻尾がはえていたら、ちぎれんばかりにそれをふっていたに違いない。
「チップで剥き出しになったな…。いいねぇ。実にいい。ドンキーさんよ、初めてあんたに感謝するぜ」

 ちくしょう、冗談じゃねぇぞ。
 ルイージは腰を抜かしながらも、這うようにして吉井とデビルから遠ざかった。
 両者の戦闘は壮絶の一言を極めた。周囲には吉井の赤い血とデビルの青い血がひっきりなしに飛び交っている。吉井の爪と牙、デビルの高速振動鞭が打ち合い、ぶつかり合うたびに激しい火花と赤と青の血を飛ばす。両者とも回避や防御という概念がないのか、ほとんど真っ向からお互いの攻撃を受けている。直撃によって流れる大量の血は、どういう原理でか二人ともすぐに止まってしまう。そしてまた打ち合う。血が流れる。止まる。また打ち合う。この繰り返しだ。
 ルイージの顔面も赤と青の模様でいっぱいだ。その模様の中心でヘラヘラと笑うルイージの顔は一枚の前衛的な絵画のようにも見える。ひどく趣味の悪い、色彩感覚やいろんなものが狂ってしまった画家の絵だ。
 こいつら、完全にイカれちまってる。
 吉井はあのクソ生意気なクソガキの作った、新型ポケモンとかいうクソ忌々しいアレで、ああ、くそ、クソ、クソ、どいつもこいつもクソだらけだ。とにかく、あれのせいで全く俺の言う事を聞きやがらない。冗談じゃない。あいつが俺の言うことを聞かないってことは、今度は俺を狙うかもしれないじゃないか。スミスとかいう間抜けみたいに頭からバリバリと音をたてて美味そうに。
 その吉井のクソバカが故障しちまっただけでも面倒だってのに、このデビルとかいう野郎は一体なんだ?吉井のあのブッ壊れちまった目を見てみろ。フツーの人間なら一発で分かるはずだ。『関わるとバカを見る』って。なのにこいつは嬉しそうに吉井とやりあってやがる。正気じゃない。それも吉井みたいに外部からのアクセスの悪影響じゃない。こいつは素でこうなんだ。ハナからおかしいんだ。吉井なんざ目じゃねぇ。奴に輪をかけておかしい。だいたい青い血ってなんだよ。昔のSF映画かよ。血の青い宇宙人。いや、理解しがたい化け物って意味では、こいつは俺にとって宇宙人と変わらない。
 びしゅぅんん。
「ひぃぃっ」
 二人の壮絶な打ち合いに一瞬目を奪われたルイージの真横を、デビルの鞭が鋭い音をたてて通り過ぎた。ルイージが情けない悲鳴をあげたとき、すぐ横の壁には巨大な裂け目が出来上がっていた。
「へ…、へへ、へへへ…」
 ちきしょう、なんでこんな時に笑いが出る。
 ルイージは一瞬こちらを見たデビルの目を見て、反射的にいつもの愛想笑いを浮かべた。
 あの目、いつも見ているあいつの目だ。忌々しいあいつと同じ目だ。マリオの野郎と同じ目をしてやがったんだ。
 ゲームに熱中した、いや、ゲーム以外の事なんかどうでもよくなっちまった目だ。食う事も飲む事も、クソや小便を垂れる事も呼吸をする事さえも。俺の事なんか見えちゃいない。いや、ここにいる事にさえ気づいてないんだ。気づいてたとしてもどうでもいいんだ。俺はそこらへんの樽とかレンガと同じ、ただの壊れやすい障害物だ。気が向けば簡単にブッ壊しちまうに決まってる。邪魔なモノをどかすのと同じだ。俺はモノだ。邪魔なモノだ。壊れる時に哀れで間抜けな声をあげる、ちょっと変わったボーナスアイテムだ。
「うふ、うふぅ、うふふぅ、うっふ、うふぅふ」
 吉井が笑ってる。それもマジで嬉しそうに。俺がこんな目にあってるのに、楽しくもないのに無理矢理笑ってるってのに。何が楽しくて笑ってやがるんだ。ちくしょうめ、黙れよ。笑うなトカゲ野郎。殴って黙らせてやりたい。いつもみたいに後ろからケツを蹴り上げて。そしてちょっと脅かしてやる。そうすると、お前は泣きそうな顔して俺にすがりつくんだ。そこで俺はあの野郎の頭を踏みつけて、小便をかけてやる。
 ん?小便?
 ルイージは自分の股間が濡れている事にはじめて気づいた。吉井やデビルの血ではない。
 漏らしちまってる。ちくしょう。俺もマリオの野郎みてぇに小便漏らしたってのか。
 ちくしょう、吉井の奴。なにが爬虫類だ。てめぇはクソを食らうゴキブリだ。この間だって、マリオを呼ぶぞと言っただけで泣きながら生ゴミ喰いやがったくせに。いつだったか、ドブの水を飲ませてやった時は傑作だった。前のように精液ブチまけてやってもいい。そうだ、今度はマリオのクソでも試してみるか。
 だが今の奴にはそれが出来ない。
 ちくしょう。死んじまえ。クソッタレ。緑色のクソトカゲ。
 いや、ダメだ。奴にはデビルを殺してもらわなきゃならない。そうしないとこの俺が逃げられない。あのマリオと同じ目をした奴に捕まってみろ。どんな目に会わされるか分かったもんじゃない。
 結局笑うしかねぇのか。


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