2005年09月27日
02:36
62:遊帝(あそびてぇ)
リンクの指名手配は取り下げられる事なく継続中だ。
そしてよくある手配犯、つまり"手配はしたけど捕まらないまま忘れられる犯人"になっていた。
いつか、誰かがリンクの手配書を見てこう言うのだ。「こんな事件もあったわねぇ。怖いわねぇ」と。
世の親という連中は、自分達が育てた可愛い我が子が得体の知れないモンスターなのではないかとビクビクしている。我が子の頭を愛おしそうに撫でながら、もう一方の手には拳銃を握っているのだ。子供が包丁を持って暴れだした時のために。だから親を殺す子供は重罪にすべきだと声高に主張して、法律にまでしてしまったのだ。流石に子供をあやす時には拳銃が邪魔になったからに違いない。
少年の親殺しなど今時珍しくもない。だいたい自分を殺しに来るようないい加減な教育を施し、その通りの結果が返ってくるのだから自業自得ではないか。その時になってジタバタするのも、見苦しい予防線を張るのも、この社会が認める立派なオトナってやつなんだ。
それがピットの考えだ。
だから別段リンクが両親を殺した事を責める気はない。あいつだって虫の居所が悪い時くらいあるだろう。まぁ俺なら親なんて金ズルを殺すなんて勿体無いマネはしねぇけどな。
痛む全身に無理に言う事を聞かせてピットはバイクを駆る。このハイラル地区の奥まったところにある教会に、リンクがいるらしいと聞いたからだ。
バイクを盗んで売り払った事は何度もあるが、あまりバイクに乗る事が楽しいと思った事はない。ピットにとってはただ単に速く走るパーツの組み合わせでしかなく、それは金に換わる金子以上の意味を持たない。
だがこいつはかなりの代物だ。ジャジャ馬で扱い辛い事この上ないが、それがまたいい。素直な女は面白くない。それに、ご禁制のガソリンエンジンというところが気に入った。こいつにまたがってるだけで、俺は立派な犯罪者ってわけだ。たまんないね。
意識を取り戻して最初に感じたのは激痛。ピットは目を覚ました事を後悔した。
「くそ!なんだってんだ」
全身包帯まみれだ。身動きの取りずらい自分自身がもどかしい。顔も半分ほどシップ薬で包まれて薬草臭いったらありゃしない。その上なんだか知らないがベッドには患者が暴れない為の拘束具までついてやがる。なんなんだよこりゃ。拷問台か?
確か、俺はリンクのダチを逃がす為に傭兵と交戦して…ああ、くそ、アタマいてぇ。
「気がついたFUCK!かね?」
「おわっ!」
突然視界いっぱいにグルッピー医師の顔が広がったので、かなり驚いた。
「失敬SHIT!だな、キミ。人をお化けSHIT!かなにかみたいに」
徐々に記憶が蘇って来た。
「まったく、君FUCK!には苦労させられたよ。麻酔FUCK!の時も…」
「言うなあーーーー」
ピットは慌てて耳を塞いだ。自分の体にあんな太い針が刺さったなんて想像したくもない。
ピットとて、街の悪ガキ連中の間では武闘派として少しは知られたウィングの二代目のリーダーだ。刃物で切りつけられた事もあるし銃で撃たれて生死の境を彷徨った事もある。しかしそれでも注射だけはダメだ。
「SHIT!お嬢様が心配されてSHIT!いたぞ。感謝することSHIT!だな」
「けっ…あいつが勝手に助けたんじゃねーか。こちとら助けてくれなんて言っちゃいねーよ」
ピットは照れ臭そうに顔を背けた。キノピオの話題は、彼にとってあまり触れて欲しくない話題なのだ。
「で、そのキノの奴はどこ言ったんだよ?」
少しだけ話題を逸らそうとしたが、結局その話題もキノピオのものだった事には気づいていないようだ。
「おFUCK!嬢様は…」
ピットはキノピオが金持ちだという事は知っていたが、大統領が親戚だとは知らなかった。だから彼女が葬儀に参列する為家に戻ったと聞いてかなり驚いた。
目を覚ませば、またあいつの顔があって、メンドクサイ事に"外のお話"をせがまれるとばかり思っていた。それでピットは鬱陶しいという態度を取りながらも、彼女に色々な話を聞かせるのだ。喧嘩や物を破壊するような過激な話は避けながら。
飲食店から余りモノの残飯を貰う話。
店頭の親父の目を盗んで食料をかっぱらう話。
教会で難民のふりをして配給を受ける為に変装する話。
そうしてみんなで持ち寄った材料で作る鍋の話。
そしてその味がひどくてみんなで苦笑いをする話。
空腹と寂しさを紛らわすためにみんなで調子外れな歌をデタラメに歌って騒ぐ話。
はしゃいで踊った子が転倒して泣き出して困った時の話。
ほとんど雨や曇りの夜空が晴れて綺麗な星空が見えた時の話。
野宿の話、スクラップ山の話、物乞いのおっさんとの話、役人をからかう話、汚いモノを見るような目で自分達を見たサラリーマンに悪戯をしかける話…。
キノピオはピットが一言話すたびに「それで?」「どうして?」「それは何?」と質問を挟んでくる。それに答えるのが面倒でピットが「うるせぇ」「あとで説明してやる」「俺が知るか」といちいち答える。
その内ピットのほうが話に夢中になってくると、キノピオは質問をせず黙って聞くようになってくる。始めは億劫そうに話していたピットはだんだんヒートアップして、身振り手振りも大げさになってくる。
そして、いつも最後は執事の老人が告げる時間によって唐突に打ち切られるのだ。
待てよ。もうちょっと話してやるから。あれは俺がレンタから逃げてビルの屋上から隣のビルに飛び移ろうとして足を滑らせた時…。
彼女がリムジンに乗って扉が閉まるまで、ピットは夢中で話した。早口になり、少しでも多く、たくさん喋ろうと無意識にまくしたてた。
キノピオも出来るだけゆっくりと歩いて、扉が閉まる最後までピットの目をじっと見ながら話を聞くのだ。
そして、遠ざかってゆくリムジンを見ながら、なんでもっと面白い話をしてやれなかったんだろう。なんで最初から面倒臭がらずにちゃんと話してやらなかったんだろう、と後悔する。そして、今度会った時はちゃんと話してやろうと決意する。そして次に会った時はそれをすっかり忘れてしまうのだ。
お屋敷から出る事のほとんどないお嬢様。キノピオは本来ならピットが永久に関わる事はないはずの人種だ。
統治区は他の区と大きく違う。区全体は高い塀で囲まれ、僅かに設けられた外との境界には警備員だけでなく鉄柵が施されている。
下劣で野蛮で卑俗な愚民から自分達を守る為のものらしい。
ピットに言わせれば、檻に閉じこもって震えているみっともない臆病者どもの住む牢獄だ。
この世のムカつくクソッタレな出来事は全部金持ちどものせいだ。もしピットの手に核ミサイルの発射スイッチがあったなら、迷わず金持ち達の住む統治区に向けて撃ち込んだだろう。
だが、キノピオに会ってから少しだけ変わったような気がする。少なくともキノピオがいる時に撃ちたいとは思わない。
遠くに見える統治区を眺めながら、高速で景色が後にカッ飛んでゆく。
ハイラル地区が見えて来た。
見捨てられた区域。居住区の中でも最低ランクの場所。そして、忌々しい教会の連中がのっとろうとしている場所。いや、この地区の責任者は臆病だがかなりマシな部類だが。
リンクもあまり立ち寄る事はない場所だが、全体的に静かだという印象がある。
だが今日は随分騒がしかった。改宗を目的としたモデル地区であるここでは教会の庇護がある。騒ぎは滅多に起こらないはずなのだが。
子供の泣き声だ。悲鳴も聞こえる。
一体何が起こってるんだ?
子供達が何人が泣きながら通りから出てきた。そのあとを追うように、大男が走ってくる。あれは…。
「ピ、ピット君!?」
ハイラル地区の責任者、ドーガだ。
2005年10月07日
02:01
63:遊帝(あそびてぇ)
ドーガはこの瞬間が好きだ。
子供達や街の人達と一緒に食事を作り、それを食べる。
今日は珍しい事に兄もいる。カレーがまずいなどの文句を言いながらもその顔は朗らかだ。ドーガとラリーの席は遠いので具体的に何を話しているのはかは分からない。だが、周囲の笑顔が絶えないところを見ると、またいつもの会話を展開しているのだろう。あんな風に周囲を楽しくする雰囲気は、ドーガには真似の出来ないものだ。
「にーちゃーん、あのねー、ノコノコねー」
ボサボサ頭の少女がドーガの服の裾を引っ張った。
「ん?ノコちゃん、どうしたんスか?」
ノコノコはこの付近でもかなりドーガになついている子供だった。本名はノコなのだが、自分の名前を二つつなげて呼ぶのが気に入っているらしい。
「あのねー、さっきから、こっち見てる人がいるよー。ノコノコ達の事、じっと見てるよー」
ノコノコが指差す先、そこに三人の人影が立っていた。
「…?あれ、どこかで…」
ドーガはその三人を見た事があるような気がした。どこか、遠い記憶の中で、会ったような気がする。思い出す事はできないのだが。
とにかく夕食に誘ってみよう。
この辺の住民にしては身なりが良い。恐らく別の地区の人間だろう。だが、ここに来たならそんな下らない事はどうでも良い。夕食は人数が多いほうが楽しい。ちょっと量が足りないかもしれないが、その時は自分がおかわりする量を減らせばいい。
ドーガは食器を置いて三人の元へ歩き出した。今夜の夕食をより楽しいものにするために。
だが、最初の接触は向こうから行われた。
「おやぁ?ドーガ"さま"がこんなところでガキどもと語らってらっしゃるぜ」
三人のうち一人の男が明らかに侮蔑を込めた声色で言った。
「え?」
あまりに唐突な事だったので、ドーガは一瞬どう反応していいか分からなかった。しかし三人はドーガの反応などどうでも良いようだ。
「うお、臭ぇ!この地区は臭くていけねぇ」
二人目が自分の鼻をつまみ、大げさに周囲の空気を払いのける仕草をした。
なんなんだ?この連中は?
「おいおい、ブタどもがブタの餌食ってるぜ。こりゃ臭ぇわけだ!」
三人目の男だ。
ラリーも何か様子がおかしい事に気づいていたか、しきりに視線をこちらへ送って来ている。
これは厄介な事になったかもしれない。ドーガは頭の中でこのチンピラ風の三人にどう対処すれば良いか考えていた。
時折こうして余所から来たチンピラが紛れ込む事がある。
元々この周辺のギャングやチンピラ風情はほとんどいなかった。連中だってもっと見入りのいい場所を選ぶ。犯罪者にすら見捨てられる程、このハイラルは貧しいのだ。
これは食事を振舞うなどという生易しい事では済みそうもない。
金を渡すか?しかし自分の少ない稼ぎでこいつらが満足するかどうか…。
「およしになりやがって下さらないですのこと?臭いと言われると余計にクソ臭くなって来ちまいますわですの事よ」
三人の男達の後ろから甲高い声が聞こえた。チンピラ三人は一斉に後ろを振り返る。
女の姿が見えた。こんな所には似つかわしくない豪華な身なりだ。昔話や童話に出てくる貴族のような、これから舞踏会にでも行くようなドレスを着ている。白い手袋をした右手には高級そうな日傘。時々キラキラ光っているのは宝石だろうか?。
「全く、本当にひっでぇ匂いですわねの事。まるで聳え立つクソですわ!人間が住む場所ではありませんわ。ま、便所に住む虫ケラにはお似合いです事のよ」
「…あなたは!」
ドーガはこの女の顔を知っていた。それにこのおかしな喋り方に語尾、間違いない。
「さぁ、貴方達、このクソッタレな匂いの元をとっとと処理しちまいなさいですのことよ」
「へい!ニーナさま!」
チンピラ三人組は声を揃えて返事をすると一斉に駆け出した。
ドーガが止める間もなく、男達はカレーの鍋に駆け寄るとそれを蹴り飛ばした。
2005年10月13日
01:32
64:遊帝(あそびてぇ)
「な、なにをするんスか!」
ドーガは血相をかえて駆け寄った。
先程まで美味しそうな匂いを漂わせていた大量のカレーはひっくり返った鍋からこぼれて地面にぶちまけられていた。鍋の中はすっかり綺麗に空になり、カレーは一滴も残っていない。
「ああ…」
ドーガはそのそばにしゃがみ込んだ。
男達が何をしたのかは見ていたし、分かってもいた。だが、この無残な状況を見るまで信じられなかった。いや信じたくなかった。
みんなで少ない材料を工夫して、一生懸命作った夕食。
周囲の人々も声を失っている。
ささやかな幸せ。ほんの少しの幸せ。みんなで一生懸命頑張った幸せ。
楽しいはずの晩餐は、一瞬で打ち壊された。
「あんたたち、どういうつもりッスか!この子達が、みんなが、一生懸命作ったものを…!」
ドーガは珍しく声を荒げた。普段温厚で知られるドーガも、こんな仕打ちを受けては我慢出来ない。
「それに、体の動けないお年寄りや、病気の人達に配る分が…!それを…それを!」
声は怒りに震えていた。硬く握り締められた拳からは今にも皮膚を突き破って血が噴出しそうだ。
「おいおい、口のきき方に気ぃつけたほうがいいぜぇ?ドーガぁ………さ・ま」
男は最後の「さま」を取ってつけたように強調した。「俺達ゃな、あんたなんかよりもずぅーっと上の階級なんだぜぇ?」
男はドーガを面白い見世物でも見るような目で見ながら、胸元のバッジを指差した。
「それは上級騎士の!…こんな、こんなチンピラみたいな奴らが今のテンプルナイトだなんて…!」
信じられない思いだった。ドーガが教団の実質的な経営から離れてから数年。たった数年で、教団はここまで腐敗してしまったというのだろうか?
ドーガの台詞を聞いて、チンピラの一人がドーガの胸倉を掴んで気色ばんだ。
「おい、口のきき方に気ぃつけろっつったろぉ、ああ?!臆病モンのドーガさまは腰抜けなだけじゃなくて耳まで遠くなったのかよ?」
ドーガ「くっ…」
チンピラは三人の中でも一番背が高く、見た目からもかなり逞しい事が分かる。しかし、ドーガはその長身のチンピラよりも更に背が高くて逞しい。その様はまるで子供が大人に向かって威勢良くいきまいているようにも見える。あまりサマにならない滑稽な光景だが、チンピラはあくまで強気だ。
ドーガは胸倉を捕まれたまま、なすがままにされるしかなかった。階級が上では逆らえない。それが教団の掟だ。
上級騎士、すなわちテンプルナイトの突撃要員は、戦闘時(主に異教徒狩りだ)においてはドーガのような下級司祭よりも遥かに強い権限を与えられている。
もちろん非常時以外ではあくまで司祭のほうが上だ。だがテンプルナイトの徽章は平時に身につけてはいけない決まりになっている。つまり、彼らが今胸に徽章をつけているという事は、今この場所が非常事態にあるという事を示しているのだ。
かつて無能な指揮官が信者や付近の住民を避難させるのに的確な指示を出せずに被害が拡大した事があった。それを防ぐ為、経験豊富なベテランが瞬時に指揮権を発揮できるようにと講じられたのが上級騎士という存在だ。かつてマリクが教団を率いるまで組織として歪だった時期の名残だ。
かつてはドーガもその上級騎士だった。しかし、今は一介の司祭に過ぎない。上級騎士を始め、その騎士たちを率いる騎士長の許可がない限り一切の戦闘行動が許されないのだ。
つまり、ドーガが逆らう事は許されない。胸倉を捕む手を離す事さえも。
「あんたも知ってるよなぁ?俺達テンプルナイトにゃ通常の司祭や司教なんぞの階級は通用しねぇって。通常の教会の規則にも縛られねぇ、まさに戦闘中に限っては特別なエリート集団さまだ」
「司祭職を、階級だなんて…!そんな軍隊みたいな呼び方はやめるッスよ!」
「そういや、あんたも昔はテンプルナイトの上級騎士だったんだって?今じゃガキと貧乏人相手におママゴトか」
もう一人の男もドーガを指差してせせら笑う。ドーガが抵抗できない事を、自分が絶対的に有利な立場にいる事を知っているのだ。「あ〜うらやましい、俺も引退したらあんたみてぇに暮らそうかなー…痛ぇ!」
ドーガを掴む男の手が離れた。
「ノ、ノコちゃん!」
男のスネをノコノコが蹴り飛ばしたのだ。
「おまえー!ドーガちゃんになにするのー!」
ノコノコの行動が口火を切って、子供達が一斉に男達を非難しはじめた。
「おまえらなにしにきたんだよ!」
「おれたちの晩メシ、返せー!」
「そうだそうだー!」
「帰れー!どっかいっちゃえー!」
「おまえのかーちゃん、でーべーそー!」
「腹減ったー」
スネを蹴られた男が一番近くにいたノコノコに手を伸ばし、その髪を掴んで持ち上げた。
「痛いっ!」
「このクソガキがぁ!」
男はすっかり逆上し、腰に差してあったナイフを抜いた。「けっ、街が臭けりゃガキどもまで臭ぇぜ!俺が消毒してやるよ!」
男がナイフを振り上げる。
「およしなさい。あたくし達の兵になる者を無下に扱ってはなりませんですわのことよ」
ドーガは咄嗟に止めようとしたが、それより女の制止の声のほうが早かった。
「へ、へぇ」
男はばつが悪そうにナイフをしまうと、忌々しいものでも見るようにノコノコを睨み付け、そのまま空中に放り投げた。
「な、何を!」
「おわぁ!?」
ドーガが声をあげたのと、胸倉を掴む男の情けない悲鳴があがったのは同時だった。ドーガが胸倉を捕まれたまま、男をひきずって駆け出したのだ。
2005年10月13日
01:45
65:遊帝(あそびてぇ)
ドーガは首が絞まるのも構わずにノコノコに駆け寄り、地面に叩きつけられる寸前でその小さな体を受け止めた。
チンピラはまるで重戦車にひきずられるように転げまわって悲鳴をあげ、自然に手が離れた。
しかしドーガが怪力で走り出したため、手を離した後もしばらく地面を転げる事になった。
「あらあら、さすがは下品で臆病で汚らしい野蛮な落ちぶれ者。野蛮なクソバカ力ですわのことよ」
「ぎゃははは!おめぇ、何やってんだよ?」
「おいおい、腰抜けドーガさまに遊んで頂いてんのかぁ?」
ニーナとその取り巻きは、ドーガに引きずられたチンピラの姿を見て笑い声を上げた。
「…く、くそ!デカブツめ!」
チンピラは顔を真っ赤にして立ち上がり、腰の剣を抜き放った。テンプルナイトだけに携行を許された重化粒子発生型の放熱剣メリクルソードだ。一時的に刀身が約1000度の熱を発し、あらゆる物体をバターのように切り裂く。その温度は地表に噴出する溶岩にも匹敵する。MOTHERコーポレーションが開発したもので、本来は軍事用の装備だ。当然一般には流通していない。
「てめぇ!調子こいてんじゃねぇぞコラァ!」
チンピラは地を蹴って高く跳躍し、大上段に剣を振りかぶる。地道な訓練でのみ身につく動きだ。チップで得たものではない。
行いはともかく、未だに教団は戦闘の訓練にだけは力を入れているようだ。ドーガはこんな時でも少しだけそれが懐かしく思えた。
直撃すれば即死、いや文字通り真っ二つにされてしまうだろう。
だがドーガはそれを避けようとはしなかった。
ガチリ。
軟質と硬質の中間のような、なんともいえない音が響いた。
ドーガを真っ二つにすると思われた剣は、ドーガの肩口で止まっている。肉を焼く嫌な匂いと、ゴムを焦がす更に嫌な匂いが立ち込める。両方が混ざり合い、耐え難い悪臭だ。
「あん?…皮膚装甲か!」
チンピラは飛び退った。「それも最高硬度の超高級品だ。けっ、腐っても元テンプルナイトさまってわけかい」
「くっ…」
ドーガは思わず肩口の傷口に手をやる。破れた服から覗く傷口は、黒い金属質の地金に螺旋状の繊維がとりまいている。軟質素材による対刃、硬質板による対弾性を同時に実現させた皮下装甲だ。主に海兵隊などが採用しているもので、400t以上の重量に耐える事もできる。しかしメリクルソードのように熱量で装甲を焼く武器にはあまり有効なものとはいえない。
「おらぁ!
チンピラが更に左から横薙ぎに剣を振るった。ドーガはそれも避けずに脇腹にその一撃を食らった。「ははは!どうしたぁ!?なんで避けねぇ!?ビビっちまって体がすくむ癖がついたってのは本当らしいなぁ?ええ、腰抜けドーガさまよぅ!」
「…!」
今度は右袈裟斬りに斬りつける。
やはり避けようとしないドーガ。
しかしその目は恐怖で怯えているわけではなく、相手をキッと睨みすえている。
「なんだぁ?その目はよぉ!」
更に左腕。今度は右足。右上腕。左腰。全身から煙をあげながら、それでもドーガは避けようとはしなかった。
そして、それだけの攻撃を受けながらドーガはまだ立っていた。その両足は地をしっかりと踏み締め、足の裏は1mmたりとも移動していない。
「…はぁ、はぁ…ちっ、さすがに…硬ぇな」
チンピラも息が上がっていた。
相手が普通の人間なら、すでに十数回は死んでいるはずだ。急所を狙って切りつけているのだが、寸前で僅かに体を動かす事で致命的な場所を避けられている。
「だが、一点集中すりゃあ!」
チンピラが剣を両手に構え、ドーガの左胸めがけて突進する構えを見せた。
心臓の位置だ。
「避けてみろよ!」
チンピラは体重全体で体当たりし、硬い装甲を一挙に突き破るつもりだ。ドーガが避けない事をみこしての判断だろう。
こればかりは回避しなければ危険だ。素人目でも分かる程チンピラの突進は勢いがあった。
だが、ドーガは今度も避ける気配を見せず、それどころかそのまま目を閉じた。
周囲の誰もが、ドーガは殺される。そう思った。
たった一人の男を除いて。
鈍い打撃音が響いた。
装甲がついに破れ、肉を引き裂いたのかと思ってドーガは目を閉じた。が、そうではない。
目を開けたドーガはキラキラと白く輝く小さな塊が宙を舞っているのを見た。
自分を刺し貫こうとしたはずのチンピラは、白い光の輪舞の中で自分も負けじと踊るように宙を舞っていた。
白い塊は透明なものと不透明なものの二種類がある。
歯と唾液だ。
スローモーションのように地に落下し、白めをむいて完全に失神するチンピラ。その顔は顎から左顔面全体が大きく歪んでいる。
「…いい加減にしろよカスどもが。人のメシ時に邪魔しやがるばかりか、喧嘩まで売りやがって!上等じゃねぇか!ブッ殺す!」
怒鳴り声以上に、鋭い飛び蹴りがラリーの激しい怒りを露にしていた。
2005年11月07日
11:29
66:遊帝(あそびてぇ)
『俺になにかあったら…その時は頼む』
奴は、マリオは確かに俺にそう言ったのだ。
夢を見ていた。
それは不確かで、過去の記憶がない交ぜになったあやふやなもの。
ブラッキーの過去は時間と共に強く美化されていた。
それは自分でも分かっている。
事実、彼は自分の過去は充実していたとも思う。
しかし、すばらしかった思い出が無残に打ち砕かれた時、人はどうしてもその残骸の部分を美化しようとする。それは自分の積み上げてきた事、歩いて来た道のりを否定されない為の防衛本能なのだろう。
マリオ。
この三つの文字の組み合わせは、彼の人生に極めて大きな意味をもたらし続けてきた。
それはかつての親友であり、
戦友であり、
目標であり、
それでいて決して超える事の出来ない目標でもあった。
だがその存在は消えた。変わり果てるという方法で、彼の中から消えうせてしまったのだ。
「………サムス?」
ベッドから体を起こし、相方の姿を探す。
ソファに彼女の姿はなかった。
ニンテンドーシティに到着後も船酔いの後遺症が抜けきれず、ブラッキーは早々にホテルの一室でダウンする事になった。
部屋は一つ。
しかも自分をベッドに寝かせてソファで寝ようとするサムスの意見に、一応反対はした。男女が一つの部屋に、しかも大の男である自分がベッドで横になるというのはブラッキーには考えられない事だ。
しかし立ってる事もままならないブラッキーには強行に反対するだけの余力が残されていなかった。半ば投げ込まれるようにベッドの上に転がされ、そのまま眠ってしまったのだ。
ブラッキーは立ち上がり、ソファまで歩いた。…大丈夫だ。もう足元もフラついたらいはしない。数時間眠ったせいで、なんとか普段通りの調子に戻った。
ソファにはサムスの字の書置きが置いてあった。
『友達に会ってきます』
愛想のない文面だ。
しかも字が汚い。最近は記者もキーボードで字を打つからだろうか。
…もう夕暮れを過ぎ、街は青い帳に包まれようとしている。
オレンジから濃紺になり、やがて黒い空が現れるまでの不確かな空の色の時間。
不安定で、揺らぎやすく、行く先は漆黒だという事が分かりきっているのにそれに確信が持てない。こんな時間帯は、人を途方もなく感傷的にしてしまう。
あいつが俺に告げたのもそんな時間だった。
マリオ。
その三文字が、今ブラッキーの脳裏をよぎる。
かつてとは全く違う思い。
最後の言葉。別れの言葉。
ああ。あれがあいつと話した最後の言葉だったか。
止める事が出来たかもしれない。止められなかったかもしれない。
分かっている事は、あの日、ブラッキーの知るマリオは消えたという事だけ。
かつての親友が。
戦友が。
目標が。
それでいて決して超える事の出来ない目標が。
「俺も年かな…」
記憶の中にいる自分。
鮮明に蘇るそれは、夢の中で見たものとさほどの差はなかった。
自分で思っていた程美化されてはいなかったのか、あるいはその区別がつかなくなったのか。
遠すぎる記憶は細部をかき消し、印象だけを心に強く残す。時間とともに更に強く、焼き付けるように。
柄にもなく物思いにふけってしまうのは、この時代にしては珍しい程綺麗な夕暮れ時のせいだろうか。
今、俺が見ているこの空の下、あいつが、マリオがいる。
おそらくは、他の戦友達も。
俺に…今更何かできるのか?
『俺になにかあったら…その時は頼む』
奴は、マリオは確かに俺にそう言ったのだ。
2005年12月01日
18:28
67:遊帝(あそびてぇ)
「お呼びにより参上しました」
指令室に入ったデビルはいかにも面倒くさそうに敬礼した。
ディディーはそれを苦々しい顔で睨みつける。
「報告いたします」
「デビル大尉殿をお連れしました」
セキとリョクもデビルと同様に敬礼した。こちらはキビキビとした軍人らしい敬礼だ。
それをぼんやりと見ている指令席のコンゴウ。
「…ああ、御苦労さん。二人とも帰っていいよ」
ディディーは両中尉にそっけなく言った。しかしこれに対して両中尉は声を揃えて抗議した。
「中佐!中佐は我々に大尉をお迎えし、更に監視するように言われました!」
「その職務を放棄することはできません!」
御託並べやがって。要するにデビルの野郎と離れたくないんだろうが。いつもいつもベッタリしてんじゃねーよ。ホモかてめーらは。
ディディーはますます顔をしかめた。全く、ドンキーの野郎め。一体何を考えてこんな厄介な野郎を軌道から呼び戻したんだ。
「ほおぉ」
億劫で仕方ないという態度だったデビルが興味深げにディディーの顔を覗き込んだ。「俺を監視、ねぇ。そんなに俺を放し飼いにしとくのが怖いか。え?ディディー大尉どの?」
「今は中佐だ。デビル」
「おっと、そいつは失礼しましたね、と。同僚を売り飛ばして二階級特進か。イイご身分だな」
デビルは口元に意味深げな笑みを浮かべた。その表情が更にディディーの神経を逆撫でしたのか、ディディーの額に浮かぶ青筋が彫刻のように輪郭を際立たせた。
「あー、かまわんよ中佐。中尉達だって尊敬する上官と久しぶりに再会したのだ。一緒にいたいと思うのは当然だ。デビル大尉も過去の件については十分に反省しているはず。そうだろう?大尉」
コンゴウはのんびりした口調でディディーをなだめた。
セキ、リョク両中尉は再び敬礼することで肯定を示す。デビルは特になにも言わず、ただ肩をすくめただけだった。
ちくしょう、なに考えてやがんだこのゴリラ野郎。出来損ないのドンキーめ。
「お言葉ですがね、中将閣下。私にゃとてもこの男が反省してるようには見えません。だいたい…」
ディディーはデビルが懐にスッと手を入れるのを見て言いよどんだ。
一瞬身構えたものの、デビルが取り出したのは大型のシガーケースだった。
いや、シガーケースだからといって油断はできない。この男のことだ。シガーケースで人を殺す方法を少なくとも10通り以上は知っているに違いない。
ディディーの警戒をよそに、デビルはシガーケースを開いた。その中に入っているオレンジ色の棒状のものを口にくわえる。
「ほぅ。ニンジンかね」
「ええ、培養モンですがね」
デビルがニンジンを口にくわえたままコンゴウに応える。
「大尉、一本頂いても良いかね?私はニンジンや生野菜に目がなくてね」
「どうぞ」
「ありがとう…うむ。美味い。やはり野菜は生に限る。そうだろう?中佐」
「はぁ」
同意を求められたディディーはなんともいえない生返事を返すしかなかった。
「デビル大尉、ニンジンがお好きかね?」
「いや、嫌いですね」
そう言いながらもデビルは口にくわえた生のニンジンをかじる。「こんなマズいもん、世の中から消えちまえばイイと思ってますよ」
「そうか…しかしなぜキライなニンジンを、それも生で?」
コンゴウが不思議そうにたずねる。
「………肉がね、食えないんですよ。あの日以来ね。全部部下の手足や臓物に見えちまう」
デビルはニンジンをガリッと噛み切り凄みのある笑みを浮かべた。その目はたとえようもない愉悦の念が浮かんでいる。
それを見たコンゴウはいかにも呑気そうな顔をディディーに向けて言った。
「聞いたかね、中佐。彼はこの通り例の事件を大変後悔している。大統領死亡の恩赦もあるし、そろそろ実勤復帰しても良い頃だろう」
「…だといいですがね」
ディディーは不満を隠そうともせずに言った。
「まぁ、冗談はおいといて、フレームとインナーの相性でしょうな。動物性タンパクはうまく分解できずに燃料になってくれないようでね。野菜のほうが総合的な燃焼効率が良いらしい…」
デビルは二本目のニンジンを口にもっていこうとしたが、寸前でその手を止めた。
「………?」
そして周囲を見渡すと、何か気づいたように嬉しそうな顔をした。狂気に満ちた凶悪犯の顔だ。
「どうかしたかね?大尉」
「どうも騒がしいネズミが基地内にいるらしい…。手土産もまだだったところだ。早速ひと働きさせてもらいますか。中将、資料室をお借りしたいんですがね」
2005年12月09日
00:06
68:遊帝(あそびてぇ)
「アニ…いや、ラリーさん!やめて下さいッス!」
「バカヤロウ!おめぇ悔しくねぇのかよ!こんなカスどもにナメられて!」
ラリーの怒りはかなりのものらしく、とてもドーガの言葉を聞き入れてくれそうにはない。
この光景を見てしばらく呆然としていた子供達だが、ドーガがラリーを制止しようとした事をきっかけに二人の周囲に走り寄って来た。
「ドーガちゃん!」
「大丈夫!?」
「あいつらなんなの?」
「あっち行けー!」
子供達は思い思いに抗議の声をあげ、中には石を投げている子もいる。
一方、チンピラ達一向は自分達に歯向かう者がいるという事態が余程意外だったらしく、ラリーに釘付けだった。
「おい、青いの!てめぇ俺達をテンプルナイトって知らねぇのか!?」
「あん?知らねーよ。職業柄チンピラの顔なんざいちいち覚えてねぇんでな。つーかおめぇらこそ誰よ?」
ラリーは先ほど一撃でノシた男を見ながらことも無げに行った。
「職業柄だぁ?てめぇ一体…」
チンピラの質問にラリーは待ってましたとばかりに胸を張り、取っておきのポーズをきめる。
「よっくぞ聞いてくれました。泣く子も惚れ直すハンサムボーイ、コクッパ小隊の抱かれたい男No,1、ラウレンティウスとは俺様のことよ」
「なんですって!?」
最初にラリーの言葉に反応したのはニーナだ。
「コクッパ小隊!?レンタ最強クラスの…!」
「ビッグタイトルが自ら指揮をとった精鋭チーム!第二次ホワイトアウトを未然に防いだ…」
二人のチンピラの間にわずかに浸透しつつあった動揺が決定的なものとなった。
「え?」
チンピラの言葉の中に、ドーガにも聞き覚えのある単語が飛び出した。ホワイトアウト。数刻程前、兄が冗談として口にした単語だ。二年前に起こった、大規模な襲撃事件。まさか兄は、ラリーは本当にそんな大規模な戦乱に?
「…ふん、見え透いたウソは見苦しくってよ、青いお方」
ニーナが口元に仰々しい団扇をあてながら言った。ラリーがコクッパという言葉を発した時は一瞬動揺を見せたものの、今はすっかり落ち着きを取り戻している。
「ウソぉ?」
ラリーがさぞ心外だと言わんばかりにニーナに向き直った。
「確かに先ほどのケリはお見事でしたわ。只者ではありませんですことね。でも、あなたの上司は10年前に大統領暗殺で王国送りになったはず」
ニーナは口元で団扇をヒラヒラと優雅にふってみせながら続けた。その仕草は一件すると優雅だが、どことなくケバケバしい、下品な印象を与える。「それと同時に小隊は解散。その多くは街での在住権を失い、死亡説も流れる程。そのような方がハイラル地区になぜいらっしゃるのかしら?仮にあなたが本当に元小隊員だったとしても、そのIDは凍結されているはず。身の証を立てる手段はお持ちですの?所詮は行く先を失ったただの失業者。醜い社会の底辺のゴミには変わりありませんわ」
勝ち誇ったようなニーナの言葉はラリーよりもドーガに衝撃を与えた。ラリーのIDが凍結されている?だとすれば、兄がこの街にいる事自体が違法になってしまう。放逐者のように、そこにいても無視される存在とは訳が違う。
しかしドーガの狼狽をよそに、ラリーは人差し指を立ててチッチッチッと左右に振る。
「分かってねえな、あんた。いいか?確かに俺達は一度解散した。だが!ここに俺様達は復活したってぇワケよ」
「復活?」
訝しげに眉をひそめるニーナ。
「しかも復活早々にチョー重要な極秘任務を楽々消化!俺様達のあまりの有能さに涙流したおエラ方は急遽大ボーナスと休暇までくれたってぇ寸法よ!」
ラリーは自らのIDが刻印された登録カードを高々とかざした。「ほれほれ、よぉっく見ろよ。俺様の美しくビューチホーな顔写真入りのイカスIDだ!」
「お、大マジだ!こいつ、マジでコクッパの…!」
「ややや、やっべぇっすよ!姐さん!こいつらマジに………あぁ!」
ニーナにすがりつかんばかりの勢いのチンピラ二人だったが、突如自分の口を押さえ、青い顔で黙りこんだ。「ち、違うんでさ、お、お嬢さ……」
チンピラが慌てて何かを言い繕うとした瞬間、ニーナの態度が豹変した。
「くぅおおおおおおらあああ!!!ゲロまみれの便所袋がぁああ!シャブの打ち過ぎで脳までクソが詰まりやがったか!」
ニーナが突き出した日傘の先端がチンピラの顔面に突き刺さった。
盛大に鼻血を吹き上げ、もんどりうって地面に倒れるチンピラ。痛みのあまり地面の上でうずくまり、哀れなうめき声をあげている。
「すすす、すひまへぇんニーナひゃま!お、お許ひを…!」
舌を噛んだのか鼻血のせいか、男の言葉はかなり聞き取り辛くなっていた。
その様をみかねたのか、相棒のチンピラがニーナをなだめようとする。
しかしニーナの顔は怒りのため事故車のバンパーのように醜く歪んでおり、なだめにかかったチンピラも傘で激しく殴打した。顔面を打たれて二人とも地面に倒れ伏す。
「口でのクソのたれかた忘れたかぁ!!?姐さんだとぅお!!?アカのカマ牛みてぇな下品なスラングで、よくもこのあたしを呼びやがった!呼びやがったな!白ブタ!ケツを掘られて喜ぶ淫売!あたしを呼ぶ時はお嬢様かニーナさまだ!それが守れないならケツの穴みたいに口を閉じてろ!」
ニーナの声は時折甲高く裏返り、金属どうしをこすりあわせるかのような聞くに堪えない騒音になる時があった。とても人間の肉声には思えない。なおも口汚く二人の男を罵り、足蹴にする姿はお嬢様という言葉とは縁遠いものだった。
「ああ、ちくしょう!熱い!熱いぃ!!!」
ニーナの顔面には大量の汗が浮かんでいた。その汗が顔を伝って地面に落ちると白いものが混ざってゲル状になっている。化粧が落ちているのだ。「焼けるぅ!体が!体が焼ける!ちきしょう!メスブタめ!てめぇのせいだ!ちきしょう!ちきしょう!ちきしょう!ああ!クソもたれたくなってきた!ちきしょう!手術のせいで大腸も!ああ、どんどん短くなって………クソが!クソがあああああ」
そう叫びながら自らの服を破り、脱ぎ捨て始めた。
ニーナの端正に見えた顔は今や跡形もなくなり、厚い化粧の中からは醜い老婆のそれが現れていた。いや、老婆というのも躊躇われる程に醜かった。
ほとんど下着姿になると、はたと何かに気づいたように動きを止めた。
「………アツイ?厚い?厚いだとぉ!?今厚いって言ったか?おい!」
ニーナは、今度は倒れたチンピラの髪を掴んで乱暴にひきずり起こした。
「い、いえ、ニーナさまが厚いって…」
「てめええええぇえぇぇ!!!あたしが!?あたしが厚い!!?あたしの化粧が厚いだとぉ!誰のせいだ!誰のせいであたしの体が熱くなったらりゃぁあ!!?」
ニーナはわずかに残っていた肌着をむしり取り、それで男の首を絞めはじめた。「ケツをヒクつかせやがって!そんなにマラが欲しいか!!スカトロ野郎め!クソでも食らえ!」
ニーナは男の首から手を離したかと思うと、今度は男の顔面にしゃがみこんだ。そしておもむろに力を込め、大声で獣のような咆哮をあげる。
首を絞められた男は半ば気絶していたようだがニーナが体に力をこめるのに合わせるように体をビクンと硬直させ、虚空に向かって手を激しく振り回す。声にならない悲鳴をあげているのが分かる。
あたりになんとも言えない異臭が漂い、食欲を失うに十分なビチャビチャという音が聞こえる。ニーナの下半身はレース状のスカートがかろうじて残っていて中は見えない。しかし中でなにが行われているのかは音と匂いで明らかだった。
「おい…なんだぁ?あの女は」
しばらく呆然と見ていたラリーだったが、ようやくドーガに対して目前の光景の説明を求めるまでの冷静さを取り戻した。
「…教団の騎士団長の妻、ニーナさまッスよ。…見ての通りの人ッス。整形と若返り手術の反動で近年どんどんヒステリーがヒドクなってるみてぇッス。あれはまだマシなほうで、ヒドクなると手に持って投げつけてくる事もあるらしいッスよ」
「スゲー…。俺もいろんな下品な女見て来たけどその中でもトップクラスだな。人前でクソ漏らすだけでも大概すげぇけど、それを人に食わせる奴なんて始めて見たぜ。口説きたくない女、いや関わりたくない女ナンバーワン…」
先程までの緊迫した暴力的な雰囲気はどこかへ吹き飛び、それに変わってもっと別の、なんとも言えない空気が周囲を取り巻いていた。ドーガもラリーも、このあまりに異様で下品な光景に完全にドン引きしてしまっていた。
「と、ともかく、あんな汚ぇもん見せたらお子様の教育によろしくねぇ。さっさと連れてけ」
ラリーは出来るだけあの光景を見ないようにして言った。
「ア、アニキ、頼むから揉め事は…」
ドーガも可能な限り目をそむけながら答える。
「バーカ。もう遅ぇっつーの。俺様の華麗なキック見たろ?見事にKOよ。…もう手、っつーか足出しちまったんだ。いまさらおとなしくしたって意味ねぇって」
「でも!」
「…でもおめぇは手を出してねぇ。クソ教団の反吐の出るやり方にも黙って耐えた。だからおめぇらは不問にされるはずだ。俺はレンタのエリートだから大丈夫だって!ヤバくなったらテキトーなトコで逃げる。分かったら行け!」
2005年12月12日
18:17
69:JKとF5
アイツの殺った死体をロッカーに押し入れると、俺は偽造IDを胸につけた。あとはロッカーの扉を閉めるだけだ。
これで一息つける…いや、一刻も早く仕事を終わらして、こんな狂った奴ばかりの所からトンズラしよう…
ここでは、一日に何人も「訓練中の事故」で死んでるマヌケどもばかりで構成されている。不思議なことに、そのマヌケどもの上官は「過失が認められず無処分」らしい。
いや、不思議なことではない。仲間がマヌケであることは、そのマヌケの同僚や上官のミスではなく…ああ、どうでもいい。
それより俺がなんで、こんなクソ危ない仕事をしなくちゃいけないんだ?金か?俺は金のためにやってるのか?
そうだ。金だ。だが、俺に報酬を払うと言うあの野郎は、もしかして俺の事を、金さえ出せば何でも言う事を聞く売春婦のように思ってるのか?
そんな事を考えていると、目の前のマヌケの死体が、あの野郎に見えてきた。これは愉快だ。やっぱり、あいつも死んだ方が良い。もし本当にあいつがこんな風に死んだら、俺はウォッカでも一杯ひっかけて、気持ち良く眠る事が出来るだろう…勿論、今回の仕事が終わってから死んで欲しい。死ぬ時くらい、俺に迷惑を掛けないようにな。
ところで、俺の目の前で死んでるこのマヌケ野郎は一応、公務員だ。こういう身分の人間を殺傷すると、通常より罪が重くなるし、追跡も厳しい。つまりこいつらは、死んでからも人に迷惑を掛ける種の人間だ。クソめ。俺たちに殺られる前から死んでおけ…気を利かせてな。
幸い、俺のサポートをしているアイツ(先程から姿が見えない)は、鼻の辺りを殴ってやると小気味の良い鳴き声を出して転げまわる愉快な奴だが、やはり腕は確かだった。そうそう、この国家公務員を殺傷したのも奴だ。
「お前は狂ってる」
突然、部屋の外で話し声がして、俺は飛び上がった…イラつく事に、その時の俺の顔に反射的に浮かんだのは、愛想笑いだった。
…どうやら俺に掛けられた言葉ではなかった。外で誰かが話している。ビビらせやがって!
「狂ってるなんて、穏やかじゃないね…わかった、わかったよ、謝るよ、だから、頼むから大きな声を出さないでくれ」
「謝るだと?謝る、謝らんは、どうでもいい。いいか、よく聞け…お前は狂ってる。おかしい。発想が病的だ」
おい…こっちに向かって来てるのか?そんなバカな!有り得ない!だってここは、誰も来るはずのない…ここのイカれたサルどもが、絶対に来るはずのない、ここは…
俺が慌てて死体入りロッカーを叩き付けるように閉めると、同時に部屋の扉が開いた。
マヌケ面が2つ(2人も!?)驚いたように俺を見ている…俺は小脳の根深い所まで染み込んだ造り笑いで、奴らを丁重に出迎えた…死体はバッチリ隠れている、大丈夫だ。そのはずだ。笑え。俺よ、笑え。あのクソ忌々しい奴らを出迎える、あのマヌケどもが狂った猿みたいに跳ね回って喜ぶ、あの造り笑いで。そうだ、こいつらはマヌケだ。大丈夫だ。大丈夫だが…こいつら…?
眼鏡を掛けた方のマヌケ人が、ようやく口を開いた。
「ああ、ええと…軍部第3資料室は、ここで?」
2005年12月14日
20:37
70:JKとF5
今ここで俺が殺されたら、俺の一生分の稼ぎはここの職員どもの何分の1になるのだろう?あの中佐とかいう黄色いサルは俺の一生分を、果たして1週間のバカンスとかそんなもんで使い果してきただろうか?俺の目の前にいるマヌケ2匹なら、給料1年分だとか、そこらのもんか?俺は自分が可哀相になった。
クソ!世の中、間違ってる!俺が何をしたっていうんだ?
「第3資料室はここかと聞いてるんだが」
愛想の悪い、ボサボサ髪の方が言った。
黙れ!俺は今、考え中なんだ!脳みそにラードの詰まったイカレ野郎!
何なんだ、こいつら?
その時俺は、このマヌケ2人が資料室なんぞに現れた理由を、一つだけ思い当たった。そうだ、そうに違いない…こいつらは勤務中にクスリでもやりながら、男同士でアレやコレやとお楽しみに来たゲイに違いない。きっと、そうだろう。そうでなくては説明がつかない。よく見ると、黒縁眼鏡のマヌケ面はホモ野郎そのものじゃないか!
「君は一体こんな所で、何をしているんだい?」
さも不思議そうな顔で、わざとらしいイラつく優しい声で、眼鏡が俺に訊ねた。
ああ、黙れ!それを今、考えてるんだ!てめぇらも都合の良い答えが欲しいだろ?少し探せば、良い答えが出てくると思わないのか?俺に時間と余裕を与えることが互いの為になるって、何でわからねぇんだ?頭使え!クソ!
だめだ。黙ってはいけない。何か話さなくては、確実に怪しまれる。いや、もう怪しまれているだろう。マヌケ2匹は気味の悪い物を見る目で、俺をジロジロと見ている。リーチだ。あと3秒も黙って突っ立っていたら、アタマに風穴が開く事になる…それとも穴が開くのは、俺のケツか?
「…ええ、何ってそりゃ、ここは資料室ですよ?ええと、スミス少尉」
素早く奴のネームプレートに目を走らせながら、俺はそう言った。顔は笑ったまま凍りつき、下着は汗でグッショリだ。俺は続けた。
「勤務中にマリファナやりながら、男同士でアレやコレや…」
「………ああ、そう」
畜生!そんな目で俺を見るな!てめぇらが言わせてんだぞ!いくら何でもその反応は気持ち悪がり過ぎだろう!
しかし俺は何故、このマヌケどもの機嫌を取ろうとしているんだ?クソ。俺はまた反射的にマヌケの機嫌を取っていたのか。だが俺は幸運だ…本当に奴らがゲイだったら、大喜びでパーティーを始めて、好き勝手に俺を犯していただろう。
クソ!それが何の解決になる?どうにかこいつらを…もし薬物パーティーが始まったら、簡単だ。まず俺も参加して、スキを見てクスリの分量を調節する。それで奴らは地獄行きだ。まさかこいつらは天国へは行くまい。
ところで俺の頭の片隅には、さっきから何か違和感がある。何だ?何か大事なことを見落としてるような…。
2匹は顔を合わせてヒソヒソとやっている。眼鏡は次にこう言った。
「ああ、お楽しみのところ悪いけど、隣でやってくれるかな?第2資料室も空いているんだ」
うるせえ!
「本当に悪いんだけど、僕らは仕事なんだ」
…。
は?何?
何だと?
今、何と言った?
俺は今、一番ありえない返答を聞いたような気がする…ああ、ハッキリと聞いた!仕事だと?ふざけんな!こいつらから、そんなマトモな答が返ってくるとわかっていたら…俺はあんな事は言ってない!
…罠だ。これは巧妙な罠に違いない。俺が「仕事だ」と言ったら、絶対こいつら「ありえねぇ」つって、俺を酷い目に合わせていたに違いない。
クソ、こいつら絶対、狂ってやがる。
俺はもう半泣きになって言った。
「申し訳ありませんが、その、ほら、そういう事とは別に、私も仕事は仕事で、ここでやらなくてはいけない事もありますので…スミス少尉こそ、第2資料室でお仕事をなさるワケにはいかないものでしょうか、ねぇ…?」
上目遣いで、懇願するように、俺はゆっくりと奴の眼鏡の奥の目を見つめた。なぁ、頼むよ、マヌケなんて思って悪かったよ…だから、とっとと消えてくれ…
「なぁ、アンタ」
後ろの無愛想がまた喋り始めやがった。もう黙れ。
「アンタ、ここの受付じゃあないのか?胸のIDには、そう書いてるぜ」
死んだ後まで人に迷惑を掛けるのは、良くない…良くないぞ、ロッカーの中の…。
「そうなんだろ?つまんねぇ言い訳しやがって。調べ物だ。さっさと仕事しろ」
俺は気が遠くなりそうになった。
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