「俺は『つかみ男』!!俺の指の間接には、全て筋力増強モーターが埋め込まれている!!」
「そして俺は『ナイフ投げ』!!俺は30m先の獲物も仕留める事が出来る!!」
ミスターX曰く「では、まず彼ら2人を同時に相手にしてもらいましょう」という事だったが、楽勝だった。
2人はリンクと同い年か、少し上くらいだったが、この程度の相手はストリートで何度か相手にしたことがあった。つかみ男の直線的な動きをカウンターで一蹴すると、飛んでくる訓練用ナイフを、いつもやってるように剣で払い落とし、ナイフ投げをやっつけた。
次の相手は『棒使い』だった。彼は180センチはある長い棒を操る。リーチで剣より勝る敵を相手に、最初は苦戦していたのだが、やがてリンクは自分が信じられないくらい腕を上げている事に気が付いた。棒使いの動きを、いつの間にか見切っていた。やがて一瞬のスキを付いて、リンクは相手の懐に入り込み、見事に棒を叩き落とした。
(すげぇ…ガノンはどうやって俺を強くしたんだ?)
『ブーメラン使い』は『ナイフ投げ』の兄貴分で、弟分よりも遥かにトリッキーで精密に、投擲武器を使った。ブーメランというのは、大昔の武器にコンピューター制御を加えたり、軽量硬質な金属を材料にして改良したものだ。敵が1本しか持ってないと思ったブーメランが2本になり、3本になった時は驚いたが、冷静にそれらを1つ1つ弾いていった。本人は全くわかっていなかったが、リンクは死角から飛んでくるブーメランも捌いていた。あるところで一気に間合いを詰めて、ブーメラン使いを降参させた。
身長220センチの『怪力男』は、どちらかと言えばリンクの得意な相手だった。強いのだろうが、動きが鈍い。ましてやリンクは、多少なりともガノンの動きに目が慣れてきているのだ。1発も掠ることもなく15発くらい“デクの棒”で叩いたところで、怪力男は静かに「参った」と言って、スタスタと引き上げた。
「さて、私の番ですか、ちょっと私の場合は違う事をしますから…そうですね、肉体的な休憩を兼ねて、丸々3時間か、それ以上をいただけますか?」
その小柄な老人『妖術使い』は、爆発物の専門家だった。彼は「授業」を始めた。爆発物の基本的な扱いと、単純な装置の解体方法についてレクチャーを受け、擬似的な爆弾の解体シミュレーションをやらされた。
「ドカンですな」
「あれ?今のはドカン?」
「ドカンです。死にました」
結局、5回中3回ほど死んだ。
最終的には「この街で普及している最も原始的で効果的な爆弾」だという“TNT”というものと、扱い方がそれに準じる幾つかの武器の使い方を、ある程度は理解できた。
問題はミスターXだった。
「さて、では残りの時間は全て、私との組み手に費やします」
「残り全部って、日が変わるまで?夜が明けるまで?」
「私が帰るまでです」
「…」
ミスターXは中国拳法の使い手だった。リンクが目にした中では、彼の動きはガノンに次いで早く、正確で、変幻自在だった。常人では考えられないような体勢から(けして全身にサイバーウェアを埋め込んでいるわけでもないのに)とんでもない飛び蹴りが飛んできたり、物凄い速さで動いたかと思うと、急にゆっくりになり(チェンジアップというやつだ)リンクは手も足も出なかった。
「考えるよりも、もっと勘で動いた方が良いですよ」
「勘…うーん、勘…」
「そう。勘です。私に勝てなくては、ファーザーには勝てませんよ」
「別にガノンには勝てなくても…」
「……続けましょう」
しばらくすると、リンクはすっかり“勘”で動いていた。ストリートの喧嘩や他グループからの襲撃、そしてガノンの訓練で、リンクの“勘”はミスターXの動きに、徐々にだが合わせていける様になっていた。
リンクは“光”のようなものを感じた。
(…何だ?)
錯覚か…それはハッキリと“目に見えている光ではない”と認識でき、それでもそれは“光”という感じだった。
(あの光は…あの感じ、スキか?スキなのか?俺は見えているのか…?)
迷っていると、またミスターXにひっくり返された。
「惜しかったですね」
(ちぇ…よし、次はあの感じに従ってみるか)
十数秒の後に再開された組み手…それは開始されて間もなく、リンクの一撃とミスターXの手刀が交差し、互いを捕らえた。
相打ちだった。
2005年09月08日
00:15
52:遊帝(あそびてぇ)
趣味の悪い男だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
クッパは壁にもたれ、カービーに拷問されるイトイを見ていた。
嬉々とした表情のカービーは先程からありとあらゆる拷問道具をイトイに見せびらかし、その反応を楽しんでいる。棘のついた鞭や、手足を縛りつけるベルトがついた水車のようなもの、縦にした棺桶の内側に無数の刃を埋め込んだもの(最初にこれを"鉄の乙女"などと呼んだ人間は様々な意味で病気だったに違いない)。
署長室の更に奥にある完全防音のこの部屋をカービーはサロンと読んでいた。彼の歪んだ欲望を満たす為の変態道具置き場というわけだ。と言っても、この部屋に置いてある物のほとんどが、クッパには理解できないものばかりだった。ただの桶にしか見えないもの、内側が空洞になった釘のようなもの、ただの布と、どれも普通の物にしか見えないのだが、カービーによるとどれも高度で一流の拷問道具らしい。
クッパはこの部屋に入るまで水を飲ませる拷問がある事も知らなかった。水を無理やり飲まされる事で体は水ぶくれを起こし、末期には耐え難い激痛が全身を襲うのだという。当然水分によって内臓も圧迫されるので腎不全や呼吸困難を引き起こす。つまりジワジワと緩慢に訪れる溺死だ。
「見たまえ。これは少し大き目なだけのタダの木靴だ。この隙間から熱湯を流し込む。するとどうなると思う?足の裏というのは全神経が集中しており、そこに走る痛みは凄まじいものだ。…地味だと思うかね?真の拷問の美しさとは、見た目の派手さではないのだよ。そんなものに頼るのは二流だ。派手に刃物を振り回し、焼けた鉄串を押し付けるなど品性の欠片もない。拷問とは芸術だ。純粋な、曇りの無い痛みを与えるものなのだよ。中世の時代より、人が人に拷問を行って来た。なぜだと思う?恨みを晴らす為?情報を聞き出す為?罪人への刑罰?あるいは魔女狩り?そうではない。有史以来、人間は残虐行為に恐怖と同時に憧れを抱き続けてきたのだ。責め手は人間の奥底に眠る悪魔の本性を、受け手は人間の感情が普段押し込めている負の感情、痛み、悲しみ、苦しみ、嘆き、怒り、憎しみ、そして絶望を体験する。まさに真実の人間の姿だ!そこには嘘も、世間体も、社会常識も存在しない!知性という名のあらゆる悪しき概念から離脱し、むき出しの感情だけがそこにある!ピカソも、モーツァルトも、プラトンでさえ表現しきれなかったものがここにある!すばらしいと思わないかね?」
背中を見ているだけでカービーが生き生きとした表情をしているのが分かる。キノコによる超感覚に頼るまでもない。
イトイは今のところ、何もされてはいない。クッパに拉致されて数日の間暗い独房に放り込まれ、ある日唐突にカービーの拷問講座が始まったのだ。暗い独房の中で時間の感覚も失って不安に苛まれていたところへこの脅迫だ。
「…カ、カービー署長、もう一度言うぞ、私を速やかに釈放したまえ!今なら不問に伏そう。約束する!」
イトイは体の自由を奪われているわけでもなく、ただ床に尻餅をついた格好で必死に抵抗している。腰が抜けているのだ。イトイが篭絡するのは時間の問題だろう。
「ああ、お気遣い痛み入ります。裁判官。私の趣味のコレクションはお気に召しませんかな?」
カービーは愉快でたまらないという表情だ。イトイが精神的に追い詰められているのは素人目にも明らかだ。こうした相手の狼狽を見るのがこの男の最大の楽しみなのだろう。これがカービーの言うところの"一流の拷問"とか言うものなのだろうか。いずれにせよクッパは反吐が出る思いだった。
「君の狙いは分かっているぞ、署長!ま、埋蔵金は絶対に渡さん!私は埋蔵金の発掘に人生を賭けて来たのだ!こ、殺されたって言わんぞ!」
「そうでしょうなあ。わざわざ政府の財政の40%を圧迫してまで進めてきた事ですし、さぞかし思い入れもおありでしょう」
「あ、あれは私のせいではない!第一次ホワイトアウト戦争の時点で政府が私の言う事を承認していれば埋蔵金をすぐに探しあて、掘りだす事がでたのだ!私が悪いんじゃない!」
「ほほぅ。しかし、その資金繰りに困ったからといって"ポケモン騒動"はまずかったですなあ」
「き、ききき君!一体、ななな、なにを言い出すのかね?!私は公正な裁判を…」
「…していたら一級裁判官が二級に降格などされませんよねえ。『被告人が公判中に姿を消した為採決不可とし、最高裁への上告とみなす』…。私ね、あの時ピンと来たんですよ。貴方は彼に、オーキドに逃げてもらう必要があった、と。マスコミのバカどもはあなたが弁護団に金を積まれた、だから降格という異例の処置になったと言ってましたがね。だが、既に遺産の捜索で財政を圧迫した貴方だ。もっと早くに降格、あるいは免職になってもおかしくはない。そこで出た結論は一つしかない」
カービーはクッパのほうをチラリと向いてニヤリと笑って見せてから再びイトイに向き直った。
「…まだ、続いてるんでしょう?遺産の捜索が。あなたの独断などではなく、国家単位のプロジェクトとして…!」
2005年09月08日
18:27
53:遊帝(あそびてぇ)
目を覚ました時、デイジーはそこが天国だと本気で思った。
最初に目に入ったのは豪華な天蓋。高級ベッドに寝かしつけられているようだった。天国なら雲の上だろう。
次に、夢の中だと思った。夢の中ではルイージが自分を殴りつけ…そんな事あるわけがない。それもあんな嬉しそうな顔をして。確かに時々殴られる事はあるが、それは自分がイヤな女だからだ。ルイージは悪くない。
「痛っ!」
起き上がろうとして物凄い頭痛が襲って来たから、あれが夢ではないと分かった。頭には包帯が巻かれていた。
「…まだ起きないほうがいいぞ」
低く響く声が聞こえた。
デイジーが寝ているベッドのすぐ横に、男が立っていた。
「ひっ…」
デイジーは思わず息を呑んだ。その男の外見が恐ろしかったからだ。背広を着ているが、全くといって良い程似合っていない。社員証が胸に光っている事から判断して企業のサラリーマンなのだろうが、とてもそういう風には見えない。どちらかというと、背広を着たヤクザが社員証を無断でつけているという感じだ。
「どうした?まだ痛むか?」
男はリーゼントという髪型にガラの悪そうなサングラスの顔を近づけた。
「あ、いえ、あの、私」
デイジーはどう答えて良いものか分からなかった。確かに傷はまだ激しく痛むのだが、それよりどうして自分がここにいるのか分からなくて混乱した。
「土砂崩れに巻き込まれかけたんだ。倒れてるあんたの脇の数センチ横までスクラップの雪崩が通り過ぎた。かなりキワドイところだったが、あんた、運が良かったな」
運が良かった?私が?
「!ルイージは?彼はどうなったんですか!?生きているんですか!?」
自分は未だにルイージの事を心配している。自分を殺そうとした男を。笑いながら自分を殺そうとした男の事を。
「…あんたを殴りつけてた奴の事か?緑色の」
「殴りつけたなんて、そんな…。ただ、私がちょっと彼の気に障る事をしたから、それで…」
なんて愚かなのだろう。自分でも分かっている。ルイージは自分を切捨てようとしたのだ。もう彼の世界の中にデイジーという女は存在しない。それでも、それを認めたくなかった。認めたら、その時自分という存在は本当に消えてなくなってしまう。
「あの緑色なら、すんでのところで逃げてったよ。見事な逃げ足だった。ほっといてもあんたは死ぬと踏んだんだろうな。一緒にいた三人組の事も見捨ててスッ飛んでったよ」
無事だったのか。良かった。
…良かった?良かっただって?
自分は一体何を言ってるんだ?自分を殺そうとした忌ま忌ましいクソ野郎がまんまと逃げ果せたんだぞ?憎いとか、許さないとか、悔しいとか、殺してやるとか、FUCKとか、そういったものは何かないのか?一体どうしちまったってんだ。完全におかしくなっちまったのか?イカレちまったのか?ああ、そうか。自分は、デイジーという名の哀れな女は、こんなにも救い難いバカだったんだ。
「俺はたまたま近くを通りかかったんだが、凄い音がしたんで…」
ハハハハハ!こいつぁ笑える!傑作だ!だっってそうだろ?こんな間抜けな女見たことないぜ。格好のカモだ。ルイージの野郎め、うまいことやりやがったな。デイジー、イイ女だ。なんて都合のイイ女なんだ。
「…そしたら、あんたが頭から血を流して土砂のすぐ横で寝てたんで…」
次が見物だ。今度あの野郎と会ってみろ。奴はきっとこう言うさ。『デイジー、すまなかった。ちょっとイライラしていたんだ。やっぱり俺には君がいないと駄目なんだ。許してくれるかい』ってな。そしたら、このバカ女はこう言うんだ。『ああ、ルイージ。そんな顔しないで。悪いのは私なの。許す事なんて何もない、あなたは何にも悪くないわ。私のところに戻って来てくれて嬉しい』って言うに決まってるんだ。なんせバカだからな。賭けてもいい。な?笑えるだろ?これが笑わずにいられるかよ。傑作だ。今時アホな主婦ども相手の安っぽいメロドラマだってやらねぇぜ。デイジー、あんたマジでサイコーだよ。笑いすぎで涙が出ちまう。
「…とにかく、命が助かっただけ…お、おい、なにを泣いてるんだ?」
「え?」
言われるまでデイジーは自分が泣いている事を知らなかった。「わ、私…泣いて…?…あ、ホントだ…」
自分の頬を触ってみてはじめて濡れている事に気づいた。こんなに笑えるコメディで、どうして泣いているんだろう。ほら、みんなの笑い声が聞こえるくらい…。
「…疲れで混乱してるんだろう。とにかく今は休んだほうがいい」
男はデイジーの体に毛布をかけ直した。「何かあったら呼んでくれ。ここでは俺の名前を出せば大抵の事はカタがつく」
男はそれだけ言うと部屋から出ようとしていた。
「あ、あの、貴方の名前って…?それに、ここは一体…どうして私を…?」
男は出口のすぐそばで立ち止まり、少しだけ悲しそうな表情をしたように見えたが、すぐに無表情に戻った。
「テディだ」
男、テディは部屋から出て行った
2005年09月08日
18:36
54:遊帝(あそびてぇ)
部屋を出ると、すぐ横でサトシがニヤニヤしていた。
「よう、どうしたんだい旦那。景気の悪いツラしてさ」
実に憎たらしい顔でテディを見ている。「ああ、悪い。景気が悪ぃのは元からだったな」
「…」
テディが黙っているのでサトシは続けた。
「彼女あんたの顔、忘れてるらしいな。寂しいよね。昔熱心に通ってた客の顔を忘れるなんて、さ。ま、商売女にゃ惚れるなって事さ。いつまでたっても片思い、向こうは金持ってくりゃハイ、サイナラってもんよ」
「…見てたのか」
「まぁね。部屋のカメラを操作すりゃあ簡単さ。あのネーちゃんのエロイ裸もしっかり拝ませてもらったよ」
ドダンッ!
テディがサトシの胸倉を掴み上げ、壁に押し付けた。
サトシの体は決して大きくはないが、それでも腕一本で軽々と持ち上がるものではない。だが今サトシの足は床を離れ、空中をブラブラと所在なさげに漂っている。
一瞬何が起こったかサトシには分からなかった。背中に走った衝撃や地面から吊り上げられたという事よりもテディの凄まじい殺気のほうに驚かされた。目が本気だ。殺される。
「お、おいおい、やめなって?俺に手ぇ出したら、ネス社長が黙ってないぜ?」
テディは何も言わない。黙ったままサトシを睨みつけている。サングラス越しでもその目の迫力はイヤという程伝わってくる。いつの間にか、右手には大振りの日本刀が握られている。
「…じょ、冗談じゃねぇ…は、離せよ!」
サトシは必死に手足をバタつかせたが、胸倉を掴むテディの腕はビクともしない。
刀の鯉口を切る音がした。
「ピ、ピカチュウ!こいつを殺せぇ!」
廊下の端が一瞬陽炎のように揺らめいたかと思うと、黄色い塊が物凄い勢いでテディに向かって飛んで来た。
「!」
テディは咄嗟にサトシを盾にするように黄色い塊の前にかざす。
「ピィ、カァッ!」
テディに踊りかかったのは黄色いドレスを着た少女だ。その両腕から伸びた鋭い爪が、サトシのすぐ横で止まった。その一瞬後、少女の左足がサトシを掴むテディの左腕に伸びる。少女とは思えない、重い蹴りだ。
「ぐっ…!?」
蹴りを放った後、少女の体は空中で一回転し、空中に投げ出されたサトシを受け止めて着地した。人間の反射神経ではない。テディもかなり高性能な鋼化神経を入れているが、それに匹敵するぐらいのものが入っているのだろう。
「ちゅううぅうぅううううう………!」
少女は口を尖らせてテディを威嚇する。彼女のドレスの胸元はザックリと避けていた。皮膚一枚を切られて血が薄く滲み、未発達の乳房が露になっている。蹴りをもらった瞬間、テディが反射的に切りつけたのだ。
「ど、どうだ!俺のポケモンの中でも一番の相棒のピカチュウだ!こいつは俺の持てる最高のパーツとソフトでチューンされてる!エリート工作員のあんたでも勝てるとは限らねぇぜ!」
「………」
テディは刀を横に構えたままジリジリと間合いを取り、ピカチュウと呼ばれた少女と向き合う。ピカチュウも獣のような四つんばいの姿勢で飛びかかる機会を伺っている。
「おやめなさい」
二人の睨み合いは青年のよく通る澄んだ声で幕となった。「テディ、君もだ」
「社、社長!」
テディは刀を鞘に収め、ネスに向かって膝をついて頭をたれた。
「すまなかったね、サトシ君」
ネスは困ったような笑顔でサトシに向き直った。「部下の不始末は僕の不始末だ。そのお嬢さんのドレス、弁償させてもらうよ」
「…まったく、部下の教育はちゃんとしてくれよな、社長。良い歳こいたオッサンが、女一人の事でムキになって、その八つ当たりで殺されちゃあかなわないぜ?まして、片思いの女の事でさぁ」
サトシは掴まれて乱れた服を調えながら吐き捨てるように言った。ピカチュウはもう構えてはいないが、テディに警戒の目を向けていつでも飛びかかれるようにしている。
「いや、本当に申し訳ない。このテディも悪い男じゃないんだ。ただちょっと頭に血が上りやすいところがあってね…。部下に代わって僕が謝る。この透りだ。どうか許してもらえないかな?」
ネスはサトシに向かって深々と頭を下げた。サトシをそれを横目で見ながらどうしようかなという表情だ。
テディはすっと立ち上がってネスに耳打ちした。
「…社長。こういう世の中をナメきったガキは一度思い知らせてやったほうが良いかと。それに何も社長が頭を下げる事は…」
「テディ。君はまだ分かっていないようだね。彼は僕が呼んだ客人だ。その彼に失礼な振る舞いをしたら謝罪するのは当然だ。それに君にちゃんと伝えなかった事も悪い。全てにおいて僕の責任だ。だから僕は頭を下げる必要がある」
「ですが…」
「『でも』と『しかし』は無しだよ、テディ。それが我が社の社訓だ」
「はっ…」
不承不承ではあるが、テディは引き下がった。だが、このまま社長に頭を下げさせていたのでは社の面子に関わる。
テディは刀をサトシに差し出すようにして、両の膝を床につけた。
「…サトシさま、先程は客人に対しあるまじき無礼な振る舞い、誠に申し訳ございませんでした。どうぞ、私めをお気の済むようご存分に」
無愛想な声で不本意なこと告げた。なんとも腹に据えかねる話だが、社の為に頭を下げ、命をも賭けるのが工作員の仕事なのだ。
サトシは頭を下げるネスとテディの両方を交互に見て、深くため息をついた。
「はぁ、ヤメてくれよな、こういうの。嫌いなんだよね、俺。オトナのジジョーってやつ?クソでも食らえよ。ちっ、これじゃ俺が悪いみたいじゃないか」
サトシはいかにも気分が悪いといった顔で言った。「そんな事より、話があるんだろ?社長。俺をわざわざウェブから呼び出して。俺が外歩くなんて1年ぶりくらいなんだぜ?感謝してくれよ全く」
ネスはゆっくりと頭を上げ、満面の笑みを浮かべた。
「サトシ君。君の寛大な心に感謝します。それでは、お部屋のほうへ」
テディはまだ頭を上げなかった。
「それと、テディ。デイジーさんの面倒を見てあげて下さい。何不自由の無いように。彼女も僕の大事な客人だからね」
「…はい」
テディは膝まづいたままネスとサトシを見送った。ピカチュウだけが、テディを油断のない目で睨み付けていたが、すぐ見えなくなった。
2005年09月08日
23:55
55:遊帝(あそびてぇ)
「元気そうッスね。兄貴」
「おぅよ。オレサマって言えばこの街でサイキョーのレンタコップだからな」
長男ラリーは、外見以外はほとんど変わっていなかったのでドーガも安心した。
「いつ帰ってきたんスか?」
「ついこないだな」
ドーガはラリーが仕事の事をあまり話したがらない事に気づいていた。兄はウソをつくのが下手だ。ドーガと違って朗らかで話題も豊富、ユーモアのセンスも持ち合わせている。経済的な事情で進学はかなわなかったが、街で最も難しい芸大の入試にも受かっているので頭も良いはずだ。しかし、それはシャイな素顔を見せる事を嫌う兄が長年築き上げて来た仮面なのだ。陽気なタフガイの素顔をドーガは知っている。
ラリーは以前、グラフィティアートの巨匠に見いだされて芸術家として活動していた。新進気鋭の若手としてかなり注目され、将来を嘱望されていた。当然、弟としてドーガもおおいに期待していた。
だから、そんな兄がある日いきなりレンタコップになると言い出した時は驚いた。理由を聞いてもラリーは「飽きた」だの「先生と喧嘩した」だのと適当に受け答えていた。だが、そんなおざなりな回答の後にも決まって「オレサマは才能はあったんだ。それだけはマジだ」と真剣な面持ちで呟くラリーを見て、それ以上聞く事はやめておいた。ドーガがラリーの色盲を知ったのは、だいぶ後になってからだった。網膜の病気らしいが、ドーガには詳しい事は分からなかった。
売れない芸術家より、危険に飛び込むレンタコップのほうが収入は格段に良く、ラリーが家に送る仕送りは相当な額に上った。だが、ドーガを始め家族はラリーが危険な仕事をしている事を手放しで喜ぶ事はできなかった。
そして10年前、ドーガが働き出したのと同じ頃ラリーがレンタコップを辞めた。詳しい理由は聞いてないが、信頼していた上司が失脚したので自分も辞めたのだという。
ラリーはドーガだけに退職した事を告げると、そのまま長期出張という名目でどこかに姿を消してしまった。連絡先も告げずに行ってしまったので、どこで何をしているのかは分からなかった。しかし以前より額は少なくなったものの仕送りは毎月必ず送ってきた。ドーガは家族の誰にもラリーがレンタコップを退職した事を言わなかった。
「兄貴…今まで、どこへ…?」
「ん?ああ、ちょっとホワイトアウトにな」
「ええ!?」
ホワイトアウト。この言葉で思い浮かべる事はただ一つ。二回に渡って繰り広げられた、旧ワシントン跡の犯罪者収容所、通称キノコ王国を巡る大規模な戦争だ。一回目はドーガが生まれる遥か前だが、二回目はつい最近、つまり2年前に起こっている。
「あ、兄貴、そんな危険なところに…!」
「バーカ。冗談だよ」
「…あー、びっくりした。悪い冗談ッスよ、兄貴」
「それよりオメェ、いつから"自分"なんて言うようになったんだ?教会ってぇのはそんなに堅っ苦しいトコなのかよ?」
「え?あ…」
ドーガが一人称を"俺"から"自分"に変えたのは教会に入信してからだ。
「んー、まぁ、洗礼みたいなもん…ッスかね。誓いってぇのがあるんスよ。ほら、本名捨ててホーリーネームだけ名乗るとか、肉を一切食わねぇとか。そういう類のもんッスよ」
嘘だった。ドーガが一人称を変えた原因は周囲の人間、特にマリク達旧友に対して少なからず引け目があったからだ。自分には信仰心など欠片もない。だから、堅苦しい言葉で自分を縛る事にしたのだ。ドーガは不器用だった。
「だからってなぁ。オレサマたち兄弟よ?それもマジに血ぃ繋がってんだぜ?なーんか寂しいよなあ」
「…悪ぃ、兄貴。これだけは…戒律なんス」
「ま、いいけどね、お前、俺様と違って不器用だからなー」
ラリーは教会の周辺で夕食の炊き出しの準備を手伝う人々や、子供達をぼんやりと見ながら言った。「でもよ、オメェ、もういい加減弟の事は忘れろよ?オメェは精一杯やったんだ。それでいいじゃねぇか。弟もそれで十分満足…あ、そうか。あいつにゃ、名前もつけてやれなかったんだな…」
「………」
ドーガももう気にしていない。…そのつもりだ。
「あ、それよっかさぁ、オメェ鏡持ってねぇ?さっきから髪型気になってんだよね。ガキどもがオレサマのウツクしーヘアスタイルひっぱりまわすもんだからさあ」
「相変わらずッスなぁ、兄貴。俺が鏡持ってると思うッスか?」
「…思わねぇな。聞いたオレサマがアホだったよ。あー、髪型直してー」
兄が鏡の話をするのは、大抵話を逸らしたい時なのだ。弟の話題で暗くなった雰囲気を変えようとしたのだろう。相変わらず、見かけによらず繊細な人だ。そんな風に他人を気遣い、それでいて決してそれを見せない兄をドーガは尊敬している。
「なぁ、兄貴…」
目のほうはどうなんだ?そう聞こうとした時だった。炊き出しの準備が終わったのか、子供達が一斉にラリーとドーガの元へ走ってきた。
2005年09月09日
00:00
56:遊帝(あそびてぇ)
あたりはたちまち騒がしくなった。
「ねーねードーガちゃーん」
「遊んでよー、ねー」
「青いおっちゃんもー」
「あにぃ?!オレサマがおっちゃんですとー!?かーっ!嘆かわしいねぇ、全く!歩く芸術たるオレサマを…」
「あー、それ俺んだぞー、返せよー」
「こらこら、返すッスよ、ね?」
「ねーねーリンゴ食べるー?」
「おお!オメーら気ぃ利くじゃねーか!ここ最近キブルしか食ってなかったんだよ!」
「そーいやさー、今日はカレーだってー」
「えー、もーカレー飽きたよー」
「贅沢言うもんじゃないッス!大きくなれねぇッスよ?」
「あー、あー!うーうー!」
「ほら、ゼルダちゃんも怒ってるッスよ」
「イテテテ!こらこら!オレサマのセクスィな髪をひっぱるなっつーの!あー、もう順番だ順番!オレサマに触れたかったらもうすぐ発売されるオレサマのCDをお買い上げの上…」
「あー、このおっちゃんまた嘘言ってるー」
「だぁら!おっちゃんじゃなくって、スーパー・ビルド・ハンサム・ラリー様って言いなさい!分かったかコラ!サインしてやんねぇぞ!」
「すうぱあ・ぶるどっぐう?」
いつの間にか、ラリーもドーガも子供達と溶け込んでいた。
「ねーねー、おっちゃーん。さっき言ってたよねー?昔絵が上手だったって」
「おおよ!このオレサマに不可能はねぇ!特にグラフィティーアートについちゃあ右に出るものはなかった!マジだぞ?エライ先生とかが『君の才能は素晴らしすぎる!どうか私達を弟子にして導いて下さい』って土下座しに来たくれぇだからな!あ、間違っても落書きって言うなよ?こいつぁ立派なアートなんだぜ?」
「じゃあさー、これで絵ぇ描いてよー」
「………!」
一人の少女が差し出したスプレー缶。それを見た瞬間ラリーの顔が強張った。
「………」
黙って立ち尽くし、スプレー缶を凝視するラリー。
兄の表情が今までのものと違っている。失った夢が、今ラリーの頭を駆け巡っているのだろう。
ドーガは色盲という世界がどんなものか詳しくは知らない。なんでも世界が白と黒だけの二色なるらしい。人によっては赤と緑の見分けがつかなくなったり、青だけが黒に見えたりと様々らしい。なんにせよ、色彩が重要な要素であるデザインやグラフィック関係の仕事をする人間にとっては致命的な病気なのは間違いない。
「あ…あ、あのね、この青いおっちゃん、口ばっかッスよ!だから…」
ドーガは慌てて少女のスプレー缶を取り上げた。
「だ、だから…だから、自分が代わりに描いてあげるッスよ、だから…」
「………バ………バ…ッカヤロウおめぇ、オレサマの才能溢れる素ン晴らしい作品をタダで見せてやるかっつーの!描いて欲しかったら食い物持って来い!そーだなー、差し当たって今日のカレーだ!」
「ほ、ほらねー?このおっちゃん、見栄っ張りなんスよ!だからもうイジメるのやめたげよーねー?」
「あー、ウソついてたんだー」
「ウソぉ?!し、失敬だな、君達!オレサマはウソなんてつかねぇですよ?よーし、神様に誓う!ね?司祭さま!」
「ドーガちゃーん、信じちゃ駄目だよー」
「あ、あはは、し、信じないッスよ。このおっちゃん、ホラ吹きだから…」
「ホラじゃねぇ!オレサマは単に見栄を…あ、しまった。な、なんでもねぇぞ!聞くな!聞かなかった事にしろ!えーい、みんな今言った事忘れる魔法をくらえー!」
「あはは、見栄っ張りだー」
「う、うるせぇよオメーら!オレサマはなんでもできるっつーのな!空だって飛べるし、雨だって降らせられるんだよ!あ、でも今日は調子悪ぃからできねぇけどなー、残念だなー」
「あははー、おっちゃんゴマかしてるー」
「…ゴハン………」
無表情な(と言っても顔半分が布で隠れているのだが)アグニムが一言呟くと子供達は一斉にそちらへ走り出した。
子供達が去った後、ドーガは兄に声をかける事ができなかった。
道に転がるスプレー缶を見ながらじっと佇む兄の後姿。夕日に照らされ、影だけがやけに長く伸びて見える。
「………」
「………」
二人とも無言だった。
背後で聞こえる、子供達の楽しそうな声が沈黙をより一層際立たせているような感じがした。音のある世界から二人だけが取り残されたような、そんな気さえした。
風が吹いてスプレー缶が転がる。もう中身はほとんど残ってないのだろう。夜風を運ぶ風だ。今夜も寒くなる。
全身青で固めたラリーが、夕日に照らされて少し緑がかって見えた。青は、紫外線に最も近い、最も目に悪い色だと聞いた事がある。
夕日に染まったオレンジ色の町並み。オレンジ色の光景。オレンジ色の世界。その色は、兄にはもう…。
「ドーガ」
唐突に兄のほうから口を開いたので、ドーガのほうが驚いた。
「…え?」
「腹減ったな」
振り返ったラリーはいつもの笑顔だった。「オレサマ、もうカレー食いたくて死にそうよ。さっさと食おうぜ!ガキどもよりぜってーたくさん食ってやるからな!」
なのに、いつもより悲しい笑顔に見えたのは、きっと夕日のせいなのだろう。
2005年09月10日
02:11
57:JKとF5
学校から帰って来ていれば、父親が食事の支度をしていた。
「ただいま」
「おかえり…ちょうどいいところに帰ってきたな。手伝ってくれるか」
「へいへい。母さんは?」
「そこにいるじゃないか」
見ると母親は、ニコニコ笑いながら無言で食卓に付いていた。手にはナイフとフォークが握られている。
「ところで昨日の話だが…ああ、剣の話だ…母さんには内緒だぞ」
「わかってるよ」
談笑しながら、あっと言う間に食事は出来上がった。家族全員が卓に着く。
「みんなでそろって飯なんて、なんか久しぶりだな」
そう呟きながら、並べられたナイフに手を伸ばそうとするが、手が届かない。
父も母も、その様子をただじっと見つめている。
ようやく届いたと思ったら、それはナイフではなく、剣だった。だが、特に気に止めなかった。
「さて、いただきま…ん?」
いつの間にか、母の隣にゼルダがちょこんと座っていた。2人とも何も言わず、ただニコニコとしている。
「あ!なんでお前がいるんだ!?」
リンクが目を覚ますと、すぐそこにアグニムの顔があった。
「うぁ!」
「…」
「…ええと…ああ、そうだ」
眠りに落ちる直前の記憶が、ゆっくりと戻ってきた。
(たしかミスターXと相打ちになって…)
それから何度も相打ちが続いたのだ。何度も何度も。よくわからなかったが、もしかしたら2時間ほどは続いたのかも知れない。
唐突にミスターXの「もういいでしょう」という声が聞こえ、続いてガノンの「充分だ、よくやった」と言ったと思う。
その瞬間、急に疲労が広がって、そのまま眠ったような気がする。
とすると、アグニムがベットに運んでくれたのだろうか。
「ええと、昨日はどうも…」
リンクはどうもアグニムに馴染めず、他に何と言って良いか浮かばなかった。
「……昨日じゃない」
「え?」
「……2日、寝てた」
「…はぁ?俺が?」
アグニムは黙って頷くと、そのまま部屋を出て行こうとした。そして、なぜか扉を少し開けたところで停止して、そのまま立ち尽くしていた。
なんだろうと、リンクは覗き込んだ。
その扉に外側から、ゼルダが前のめりにもたれて眠っていた。その寝顔が滑稽で、リンクは笑ってしまった。
停止していたアグニムが動き出し、ゼルダを抱えあげると、くるりと向きを変えてリンクのベッドに向かって来た。
「おいおいおい」
リンクのささやかな抗議も虚しく、アグニムはゼルダをベッドに横たえた。
「俺はどこで寝るの?」
「…ゴハン」
「…」
ミスターXから受けたダメージは、まだ残っていたが、あれだけ殴られてこれで済んだのは、きっとそういう“殴り方・蹴り方”があるのだろう。
ともあれ、リンクはさっそく炊き出しに駆り出された。
そして津波の如く押し寄せる子供たちに、瞬時にして取り囲まれたのだった。
「兄ちゃん、本当は強かったんだね!」
「見直したぞ、兄ちゃん!」
「あの台湾人、めちゃめちゃ強いんだろ?」
「台湾て、どこにあんの?向こうらへん?」
「あいつ、算数できる?」
「兄ちゃんもカンフーできるの?」
「本当はワイヤーで吊ってんだろ?知ってんだぞ!」
この陽気な混沌は、突如として始まり、突如として終わった。
「あ、なんだあいつ?」
子供達は、遠くの方に人影を見つけ、今度はそっちへ殺到していった。
「おい、ちょっと、知らないヤツに近づいちゃ…!」
「…心配ない」
慌てて止めようとするリンクに、アグニムが答えた。
彼はその遠くの人影に会釈をすると、また炊き出しを続けた。
「…いいのかなぁ」
「…心配ない」
その人影は、気のせいか、青く輝いたようだった。
2005年09月10日
03:36
58:JKとF5
「自分はかねてよりの悲願を成し遂げるために、今、この場に至った次第なのであります」
市庁舎の門前に現れた男に、警備員達は当惑した。
このイカレた男は、一体何を言っているのだろう?
「故ヤマウチ大統領閣下の御遺体が、一旦こちらへ搬送され、厳重な警戒の下で保管さていると伺っております。自分はどうしても大統領閣下の御遺体を拝見したいのであります」
モートンはそう言うと、敷地のギリギリのところまで足を進めた。
「おい、待て」
警備員の小隊長が叫んだ。
「待て。そこから一歩でも踏み込めば、そこはこの街で最も高度な『統治区』だ。お前が何者であろうと、許可無く立ち入る事は出来んぞ」
彼の周りには、ライフルやショットガンを構えた十数名の部下達が、固唾を飲んでいた。
ところで、今のモートンの格好は、随分と滑稽だ。上半身のほとんどがサイバー化されている男が、裾の短いジーンズ生地の半ズボンにサンダルという出で立ちである。露出した黒い脚が、絶妙な間抜けさをかもし出していた。
そして胸にはレンタコップのID。ただそれだけが、モートンがまだ発砲されていない根拠であった。
「ですから、許可を頂きたいのですが」
モートンが(たぶん)神妙に言った。
「許可って…アンタ、レンタコップだろうが。とりあえずIDを確認させてもらうぞ」
とは言ったが、確認のために自分が近づくのは嫌だったので、部下に行かせる。若い警備員は指名されると、泣きそうな顔で隊長を見ていたが、やがて本当に半泣きになって、モートンに近づいた。
「…モートン巡査…間違いありませんが…『休暇中』になってます」
「何?」
隊長は何より、IDが本物だった事に驚いた。そして安心し、だがそうすると余計にこの男の真意がわからなくなった。
「休暇中という事は、当然、職務で来たのではないな…何のようだ?」
「ですから、かねてよりの悲願を果たしたいのであります」
「だから、それは何だ?」
「は。大統領の顔に小便をひっかけたいのでありますが」
場が凍った。だが、そんなことはお構いなくモートンは続けた。
「自分はニガーであります。ニガーは過去数世紀の間、この大陸で最も無償の奉仕を行ってきた人種であります。ニガーがこのように素晴らしい奉仕の精神を持った人種になったのは、全て、旧連邦政府から現在に至るまでの、歴代大統領のおかげなのであります。かくして、自分は今日、ここに、その感謝の気持ちを表明するために、小便をしに参ったのです」
「帰れ」
警備員達は口々に悪態を吐きながら、銃を下ろして、持ち場へ戻って行った。
「…許可はいただけないのですか?」
「やらん」
「では、せめてこの場をお借りして、放尿をさせては頂けませんか?」
「…敷地に一滴たりとも、こぼすな」
「は!ありがとうございます!」
モートンはズボンのジッパーを下ろして、放尿を開始した。
本当に一滴も敷地に飛ばなかったのか、確かめた者はいなかった。
2005年09月16日
01:42
59:JKとF5
市警の地下は2つのブロックに分かれており、それぞれのブロックは1度地上に出ないと、行き来できない。そこには様々な施設がある。Aブロックには娯楽室、喫煙ルーム、スポーツジム、そして射撃訓練場だ。霊安室、留置場などは、全てBブロックに固められ、万が一に脱走者が出ても、射撃訓練場の銃器を奪い辛いように設計されているらしい。
Aブロックは明るく、混沌としていた。昼間から酒を飲んでいる警官も珍しくはない。パソコンルームの個室は、仮眠室にも、ラブホテルの1室にも早変わりするし、スポーツジムは同性愛者たちの社交場にも、誰かをリンチするのにも用いられる。
だが射撃訓練場(シューティングレンジ)を、射撃訓練以外の目的で使う者はいない。
ルドウィグは6発、50m先を時速30キロで動く標的に発射すると、脇の作業台に戻った。
「…少し右に曲がるな」
愛用のリボルバーの1つを分解し、調整する。先程「左にブレる」と言って、調整したばかりだった。
こうやって銃の調整と整備をして射撃訓練をしていると、一番心が落ち着く。それは自己防衛のための日頃の配慮であり、彼の最も大事な趣味でもあった。
調整を終え、もう6発、標的に放つ。
「…・・やっぱり左に曲がる」
もう数時間、ずっとそうやっていた。
「イギーか?」
振り向きもせず、ルドウィッグは背後に声を投げた。
いつの間にか、ずっと後ろの方のベンチにイギーが腰掛けて、ルドウィッグを眺めていた。
「…気づいたかい?」
「ふん。レミーなら、もっとうまくやってるな」
「そうだね」
「…で、いつからそこに?」
「2時間前からさ」
本当は10分前からだったが、意地悪く、そう答えた。
「…そうか」
落胆したようにルドウィッグが言った。少しイタズラがすぎたかもしれない…
振り向かないまま、ルドウィッグは続けた。
「珍しいな、イギー。お前が射撃とはな」
「いや」
イギーは首を横に振りながら答えた。
「僕は射撃に来たわけじゃない。署に用事で来たんだけど、君がここだと聞いてね」
「俺がお前の休暇の相手か?ふん、それならラリーに言え」
「…彼とは連絡が付かない。居場所はわかってるんだけどね」
一瞬、イギーは言い淀んだ。ラリーとは以前、別のチームで一緒に活動していたが、彼ら2人を除いて全滅してしまった…その事の気まずさもあって、なんとなく2人きりになるのを避けていた。きっとラリーは気にしていないのだろうが。
ただ、ラリーと連絡が取れないのは本当だった。彼の“里帰り”というのは、いつも決まって電波の悪い所へ行く。
「それで、僕が署に来たというのは、用事があってね…」
そこでイギーは言葉を切った。こんな事を、彼に言うべきだろうか?自分の杞憂かも知れないのに?
ルドウィッグはわざと作業をもたつかせているようだ。興味が無いように振舞っているが、どうやらイギーの話を聞いている。
イギーは息を吸い込んで続けた。
「…クッパの資料を調べたいんだ」
ルドウィッグが動きを止めた。
「ルドウィッグ、君は大統領の死を、どう思う?それにクッパの噂もだ。クッパが出所したなんて話、どこから聞いたんだい?」
「それは…」
「ウェンディーかい?」
「…」
「…まあ、それは置いておこう。ただ、大統領の死について、断言できる事がある。相当な腕がいるって事だよ。クッパなら出来る」
ルドウィッグが溜め息を吐きながら振り向いた。
「イギー…まるで3流のジャーナリストだな。確かにクッパなら、やれただろうな…10年前もやったんだからな」
「いいや、そうじゃない。アレは、きっと書類操作によるものだ…薄々わかってたんだろう?他のビッグタイトルでも、やれたんだよ」
「じゃあ今回はどうなんだ?他のビッグタイトルではないと?」
ルドウィッグはそう言いながら、ベンチのそばまで歩いてきた。イギーは彼が隣に座るのを待って、話を続けた。
「やり口で限定できると思う。遺体がきれいすぎるし、大統領1人だけを殺してる。マリオじゃない」
「ブラッキーは?」
「病院の事故で行方不明になってるけど、彼じゃない。僕らの使った分以外に、爆発物が用いられたとは思えない。それに彼を外に出すのに、病院で事故を起こす必要がないはずなんだ…狙われたのは、あそこを運営している教団の幹部でも、マルス枢機卿でもない」
「苦しい推理だな」
「……僕もそう思うよ」
そこで話が途切れた。確かに苦しい推理だ…だがイギーは、思っていた事を口にして、少し気が楽になっていた。
「ここでそんな話をして、大丈夫か?」
ルドウィッグが目を見て言った。どうやら話に乗ってきたようだ…イギーは笑って答えた。
「調べてあるよ…地下Aブロックは、監視の目がゆるい。特にこのベンチはカメラの死角さ…ここで問題を起こす奴は、ベンチなんかじゃなくて、銃器保管庫に行くからね」
また沈黙。
「イギー…つまり」
「つまり、クッパかガノンか、それ以外さ」
「それ以外?」
ルドウィッグが驚いたように目を開いた。
「おい、イギー、ここまで引っ張っておいて“それ以外”じゃねえだろ…」
「それを確かめに行くのさ」
この交渉はうまくいったようだ…イギーは微笑んだ。
「資料保管室へ忍び込もうと思うんだ」
2005年09月16日
15:29
60:遊帝(あそびてぇ)
甲板に吹き付ける潮風は爽やかだ。こんな気分でなければ最高の船旅なのだが。
『HEY、サムス!ユーは勇敢なレディだし頭もいい。イッツ、クレバー!HO!記者として大変優秀で有能だ。いや、決してお世辞じゃないYO!』
世辞でない事を強調しておけばゴマかせると本気で思っているのだろうか。経験からいって、次はサムスの容姿を褒め出すに違いない。
編集長のお世辞はいつも見え透いていてウンザリする。だが、それより疲れるのは微妙に調子が外れたラップ調の喋り方だ。テンポが悪くて聞いてられない。発音も悪い。ファンキー・コンゴウ編集長は生粋の日本人だ。本名は一度聞いただけで忘れたが、確か日本人名だったはずだ。彼が英語を話せないのをサムスは知ってる。
『カラーテの経験もある事だし、デンジャラスな紛争地帯への派遣も他のレディより安心だ。器量も並以上、つまりビューティホー!これはジャーナリストとして非常に有利だ。男なら誰でも美人には弱いものだからね。HO!』
若干の違いはあったがおおむね予想通りだ。数カ月やっただけの空手の話題が出たのは意外だったが。自分でも忘れていた事をよく覚えているものだ。
『バット、触れてはいけないものもある。現にユーは襲われたばかりなんだろう?例のワリオという奴、国際的指名手配犯だぜ!そんなクレイジーな奴にユーをつけ狙わせるわけにはいかないのさ。有能なライターをみすみす失うわけにはいかないYO!』
やはりダメか。
半ば予想はしていたが、ビッグタイトルについての社の側での取材許可は下りそうもない。社のサポートを受ける事が出来ないのはかなり痛い。
「では、編集長がされた大統領死亡の報道管制破りは構わないと?あれのせいで街の人達は大混乱だって聞きますけど」
どうせ言い抜けられるのは分かっていたが、サムスは精一杯の抵抗を試みた。
『HEY、サムス。報道管制なんて単なる目安だよ。政府だってあのタイミングで誰かがフライングする事は分かっているさ。実のところ、大統領の死を喧伝したがっている連中は政府にもケッコーいる。分かるかい?安全だからやったんだよ。無意味にリスクを背負う事はない。OK?』
ファンキージャーナル誌、通称FJは弱小誌だが見所があるほうだった。
芸能人のスキャンダルなどの低俗な記事はもちろん、政治家の不正もかなり際どいところまで追求する。サムスが契約を交わしているのも、権力に屈さない姿勢がサムスの信じるジャーナリズムというものに最も近かったからだ。
編集長はかつて敏腕記者として中央の官僚までも震え上がらせたらしい。だが、どうやらそれはただの噂かハッタリでしかなかったようだ。年齢が彼を骨抜きにしたのか、あるいはそんな噂は根も葉もないデマだったのか。どちらにせよ、サムスにとって編集長は味方になってくれそうにはない。
「編集長、今私にはブラッキーという心強い協力者がいるんです。彼の証言さえあれば、中央がヒタ隠しにしてきたビッグタイトルやニンテンドーシティの成立、それどころかプライマルヒューマンだって…」
『…ユーはどうやら、報道という仕事に大きな誤解を持っているようだね。いいかい?ミー達の仕事に必要なのはエンターテイメントだ。ジャーナリズムなんてカビの生えた過去の遺物じゃない。そんなものクソ食らえさ!YHA!』
編集長はいつになく饒舌だった。ベラベラとうるさいのはいつもの事だが、その内容は大抵バカげた言葉遊びであり、ほとんどHOだのYHAだのの奇声で埋め尽くされている。文章に要約すれば文字量は10分の1程度になるだろう。
だが、今回はいつになく感情的な気がした。
『報道の正義なんてモンは世界が氷に覆われた時、一緒に凍りついちまったんだYO!公正な報道だって!?バカなんだよピープルは!そんな高尚なもんが分かる奴なんていやしない!1秒の間に世界で何人の死んでるかとか!自分達が毎日吸ってる空気がどれだけ大量の汚染物質で味付けされてるとか!そんな記事よりも芸能人のクソッタレどもの誰が誰と不倫したとか、布切れチョン切っただけのブランド服がどれほどクソッタレに高いかとか!そんな事のほうが重要なんだYO!あいつらにとっちゃ!全くFUCKな話さ!』
「…編集長」
『バット!そんなFUCKな連中を騙してメシを食うのがミー達のビジネスだ!ペンは剣よりも、いや、銃(ガン)よりも強い。だが、中央はもっと強い。それが現実なんだ、サムス。ユーは優秀な記者だ。子供っぽい理想なんてものにしがみついているより、もっとアダルトな、オトナな生き方をするべきだYO!』
ガチャン。
話がややこしくなりそうなのでサムスは電話を切った。が、全く同時に編集長も電話を切っていた事は知る由も無い。
「だから言ったろう。無駄だと」
後ろからブラッキーの声が聞こえる。
「まだ手はあるわ。編集長がダメって言うなら別の友達を当たってみるまでよ。…それより、大丈夫なの?」
サムスは携帯から目を離してブラッキーを見た。声の調子は変わらないが、手すりにもたれて顔は真っ青だ。
「…ああ、だいぶ楽になったところだ。くそ、なんだって船ってのはこんなにも揺れやがるんだ。だいたい水の中を泳ぐなんてのはイルカにでも任しときゃ…うっぷ」
ブラッキーは手すりから身を乗り出した。もう3時間もこの調子だ。
二人は大型客船に乗ってニンテンドーシティに向かっている最中だった。
サムスはすぐにでも飛行機で行きたかったのだが、ブラッキーが強硬に空路での移動を反対したので船を使う事にした。最初はテロやハイジャックなどを警戒しての事かと思ったが、すぐ彼が重度の乗り物アレルギーである事が分かった。
『あんな鉄の塊が空を飛ぶなんて認めん』
などと呟きながら海に向かって嘔吐する姿は、とても伝説の人とは思えない。
飛行機なら数時間で済む距離が、船では数日になってしまう。
イライラしながらも時間だけが無為に過ぎてゆき、しかもブラッキーは船酔いで完全に役立たず。
やる事がないサムスは、協力してくれそうな友人知人に片っ端から連絡してみた。しかし結果は芳しくなく、ビッグタイトルや教団の名を出しても協力してくれる者はいなかった。ブラッキーには強がって見せたものの、頼れる知り合いはあと一人しかいない。
「うぶ…ああ…ふぅ。で、今度は誰に電話するんだ?」
もう諦めたらどうだと言わんばかりにブラッキーが言った。
「あと一人…当たってみるわ」
「あと一人ね…。政治家、役人、医者、軍の下士官、教団の下っ端、大株主、弁護士、中央高官、そして編集長にまで断られたようだが。次は一体どんな奴を頼るんだ?」
「あんまり連絡つかないけど…私と同じ記者よ。どんな危険な取材でも平気な顔して突っ込んでいく、とても勇敢な人。なんでも、彼女の昔の上司はビッグタイトルだったって噂があるの。本人に聞いた事はないけど」
「彼女…女か?」
「ええ。といっても、性同一障害のだけどね。戸籍上は男性」
「フン、つまりオカマか」
「そういう事言わないの。…全く、今時ジェンダー差別なんて。飛行機が怖いとか、女はオシトヤカにすべきだとか、本当に古い人ね」
「古くて悪かったな。だが、目上の人間にはもっと…ううっぷ」
また説教…と思ったが、先にブラッキーのほうが参った。
「いい?彼女に会ったら、間違ってもオカマなんて言っちゃダメよ?そういうのって本人にとってはスゴイ侮辱なんだから!」
それも、彼女と連絡がつけば、そして協力してくれるならの話だが。ブラッキーの背中に言い捨てながら、サムスは携帯をダイヤルした。
呼び出し音はする。珍しく電波の届く場所にいるようだ。こんな海のど真ん中でも携帯電話が通じるのは軌道エレベーターが地球の外周を一蹴しているおかげだ。
呼び出し音だけが鳴り続ける。やはり連絡はつかないか。
そういえば以前に会った時、休暇で意中の人に会いに行くと嬉しそうに話していたっけ。もしかしたらデートの最中かもしれない。邪魔はしたくないが、もう頼る人間もいない。
諦めて電話を切ろうとしたその時、ガチャリという音がして電話口から眠そうな声が聞こえた。
『ふぁい…もしもし…?』
「ああ!レミー?私、サムスよ!分かる!?」
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