2005年08月10日
07:07
32:遊帝(あそびてぇ)
「がーはっはっはっはっは!おい!おい!!おい!!!!ブラッキー!あんたの弟子のロケット砲の威力はどうよ!?うあーはっはっはっはっは!」
路地から瓦礫と化した病室を見上げながら、ワリオは高笑いした。
「うーん、さっすが俺様のサイキョー爆弾ロケット砲!シビレル〜ぅ!」
ワリオはうっとりとした表情で迫撃砲を見る。ワリオお手製のロケット砲だ。
「かっかっかっかっか!姉ちゃん、あんたも十分色々知ってるぜ!だからこの際、俺様がもっと教えてやろうってぇのよ!カミサマに聞けゃいいんだ!天国のカミサマになぁ!この俺様が、天国に送ってやるぜ!たーだーし!ブラッキー、てめぇは地獄行きだろうがなぁ!ぐわーっはっはっはっはっは!」
「あのバカたれが…まだ生きていたのか…」
ワリオを見ながら、呆れたようにブラッキーが呟いた。
「な、なんなのよ?あの黄色い変な人…」
サムスはブラッキーの腹の下から這い出しながら言った。彼がサムスを抱きかかえて廊下に出てくれなければ、病室もろとも木っ端微塵になっていたところだ。
「ワリオルド・ワルルコビッチ・ワルコフ。見ての通り、頭のイカレた狂人だ。キノコのやりすぎでな」
苦々しげにブラッキーが答える。
「あ…あれ…あんたの弟子…って言ってるけど」
サムスの問いに、ブラッキーはばつが悪そうに顔をそむけた。
「…最後の弟子だ。師匠に対する最大の恩返しは、その師匠を殺す事だと思い込んで俺をつけ狙っている。もともとマトモな奴ではなかったが…」
「もしかしてあなた、あいつから逃げる為にこんな病院に…?」
「まさか。弟子に遅れを取る程落ちぶれちゃおらんよ。奴は俺も殺す気だろうが…今回のメインは君だな。お嬢さん」
「え?あ、あたしが?な、なんでぇ!?私殺されるような覚えは…」
「教団、MOTHER、それにビッグタイトル。色々嗅ぎ回ってるだろう?それだけ事情を知ってれば刺客の一人や二人、送り込まれるとは思わなかったのか?」
「そ、そんなぁ〜」
「誰があのバカを雇ったかは分からんが、とにかく奴は俺達を殺る気だぞ。全く、どこのどいつが依頼したかは知らんが、厄介な奴を寄越してくれたもんだ…!」
「…どうするの?」
「………」
ブラッキーは少し沈黙して、サムスに向き合った。「お嬢ちゃん、武器は持ってるか?」
「え、えっと…護身用の拳銃と、ショックフライヤー(有線発射式スタンガン)くらいしか…」
「心もとないな…。俺が合図したら、そこに見えてる非常階段を降りて真っ直ぐ走れ。振り向いたり、銃を使って応戦しようなんて思うな。一目散に逃げるんだ。いいな」
崩れかけた壁の一部から非常階段が見えている。ブラッキーはその方向を指して有無を言わさぬ口調で言った。
「あなたは?」
「俺は奴を黙らせる」
ブラッキーはそう言うと崩れた病室に向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっと!」
そっちに行けば丸見えだ、そう言おうとした。しかし、ブラッキーの背中を見てその言葉を飲み込んでしまった。彼の背中が、何かを物語っていた。サムスも色々な男を見てきたが、こんなにも物語るような背中を見た事はない。やはり、この男はビッグタイトル、鉄槌と呼ばれた男で間違いない…。
「ん〜?おい!おい!!おい!!!!ブゥラァッキィー!会いたかったぜぇ〜!まさか死んじゃいねぇと思ってたが、やっぱりそのツラぁ見ると安心するぜ〜」
ワリオの嬉しそうな声。
「…こっちは会いたくなかったがな。ワリオルド」
朗々と響くブラッキーの声。後ろ姿。このまま逃げていいのだろうか。
「再会を祝して、そして!早くも訪れる師弟の別れぇ!!あばよー!ブゥラァッキィー!」
なにかの発射音。また砲撃か!?
「…お嬢ちゃん!今だ!走れ!」
サムスは一瞬躊躇い、そして真っ直ぐ走り出した。
2005年08月10日
07:08
33:遊帝(あそびてぇ)
ずぅ…ん。
病室に向けて放ったはずの砲弾は隣の無人のビルに命中した。
病院からは多くの患者達が逃げ惑っている。ワリオの横を多くの患者が通り過ぎてゆく。
「…ふ、ふぅはーっはっはっはっはっは!さすが俺様が師匠と仰いだ男だぜ!壁の欠片で砲弾の信管をずらして殴ったかぁ!」
ワリオが言う通り、ブラッキーの手には壁の破片が握られていた。これで砲弾の横面を叩いて軌道を変えたのだ。数ミリでもずれれば大爆発は免れない。
「やはり、あんたを砲撃でぶっ殺すのは無理っぽいようだなあ。さすがはビッグタイトルが"鉄槌"!」
「…その名で呼ぶな」
ブラッキーは憮然とした表情で答える。
「さーすーが、あのマリオをぶっ殺しただけの事はあるなぁ。ビッグタイトルのリーダーを殺しただけの事はよぉ!?」
「…言いたい事はそれだけか?ワリオルド」
「うぉっはっはっはっはっは!そう怒るなって!尊敬してんだぜぇ?てめぇの尊敬している奴をぶっ殺す!俺様の考えと同じだ!相手を殺すってのは、そいつに対する最大の敬意だ!分かるぜぇ…あんたの気持ちがよ!」
「…俺はマリオを殺してなどいない。そもそも、プライマル・ヒューマンであるオリジナル・マリオをそう簡単に殺せるものか」
「そのせいで、あのマリオが生まれたわけだもんな!あの残骸が!緑ぃのと一緒によ!」
「…!そうか、オマエをここに寄越したのはルイージか。あの緑ぃの…卑怯者め!」
「おしゃべりはここまで。そろそろ、あんたに消えてもらわねーとな!俺様の、尊敬の念を表明するために!あんたと同じやり方で!あんたの弟子として!」
「俺はオマエとは違う!」
「違わねーな!!あんたは俺様に殺される!あんたが育てた弟子に!」
ワリオは、自分のすぐ脇を逃げようとしていた患者を一人捕まえた。シーダと呼ばれた女だ。
「ワリオルド、何を!?」
「いいか!さっきあんたが言った!俺様とあんたは違うってな!…確かに一つだけ違うところがある。それは、あんたが甘ちゃんだって事だ!」
ワリオはシーダの胸の谷間に爆薬を突っ込んだ。
「おい女。こいつはあと30秒で爆発する!解除できるのは俺様とあのブラッキーの野郎だけだ!だが、俺様は解除してやらねぇ。さぁ、死にたくなかったら、あの野郎のところまで行って外してもらうんだなぁ!あーっはっはっはっはっは!」
シーダが自分の胸元に仕掛けられた装置を見て悲鳴をあげた。
「ワ、ワリオ!きさま…!!」
「無理にはずさねぇほうがいいぞぅ?無理な力がかかると爆発するからなぁ!ほれ、どうしたブラッキー?さっさと助けてやれよぉ!?」
「くそ!」
ブラッキーは病室だった瓦礫の山から飛び出した。地上三階に位置するところから猫のような身軽さで飛び降りると、シーダの元へ走った。
「たぁ…たぁふぅけぇえてぇぇ」
シーダは呂律の回らない哀れな声を出しながら、ブラッキーの元へ駆け寄る。ブラッキーはシーダの胸元の服を剥ぎ取り、彼女の乳房を露にした。
「あと…20秒!?くそ、工具も無い状態で…間に合うか!?」
ブラッキーは爆弾の解除に取り掛かる。
ワリオはどこから取り出したのか、ショットガンを取り出して二人に向けた。
「くっ、ワリオ…!おまえという奴は…!」
「むわーっはっはっはっはっは!終わりだな!ブラッキー!この3年間、てめーを取り逃し続けたが、今日こそ終わりだ!あばよ!俺様の偉大なお師匠様!」
「うぅ…あー…あああ…」
シーダが涙を流しながら泣き出す。
「くそぅ…」
ブラッキーは、それでも解除の手を止めなかった。シーダを見捨てて逃げれば自分だけは助かるかもしれない。シーダの爆弾を解除したとしても、ワリオのショットガンで二人ともやられる。そもそも、残りわずかな時間で解除できる保障はない。
それでも。
それでも、自分の目の前で、誰かが爆死するのは耐えられなかった。それは、爆破技師でもあるブラッキーの意地でもあった。
「…すまん、こんな事に巻き込んでしまった…もっと早く、この病院を出るべきだった…!!」
シーダに謝罪しながら、解除の手は休めない。
あと10秒。
「立派だぜぇ!ブラッキー!俺様の敬意の形だ!カウントきっちり0まで待ってやるぜ!」
起爆線が見つからない。爆破させずに、うまく引き剥がせるか?
5秒。
賭けてみるしかない!…うまくいった。
4秒。
投げ捨てるんだ!いや、ダメだ!まだ周囲に患者がたくさんいる!どこに投げても巻き添えが出る!
3秒。
くそ、こうなったら…!
2秒。
ブラッキーはシーダを地面に伏せさせ、爆弾の上に覆いかぶさった。
1秒。
「シャスリーヴァヴァ、プチー!ブウゥラッッッキィイイイイィイイイーーー!!!」
サムスの肩は未だに上下していた。人を撃ったのは初めてだ。
ショックフライヤーは、ワリオの鼻の下を直撃している。今この瞬間も有線を伝って電撃がワリオの体に流れ続けている。
ワリオはショットガンを腰だめに構えたまま白目をむいて身じろぎもしない。数秒そのままの姿勢でいたかと思うと、ゆっくりと後向けに倒れた。
…?
ブラッキーはしばらく何が起きたのか分からず、地に伏せたまま呆然としていた。ワリオが撃つ寸前にサムスがショックフライヤーを撃った事を理解するのにしばらくかかった。
「うそー…当たっちゃった…。これ、こんなに威力あるのね…」
サムスは自分でも驚いているのか、ショックフライヤーの銃身を見て呟いた。
ブラッキーは腹の下の爆弾を見た。…タイマーは0。しかし爆発はしていない。不発だろうか?いや、あのイヤらしいワリオがそんな凡ミスをするとは思えない。
「ふぅ。大丈夫?ブラッキー」
サムスが首をひねるブラッキーに声をかける。
「…なぜだ。なぜ、爆発しなかった…?」
「ああ、それ?多分、爆弾じゃないんじゃない?」
「………なんだって?!」
「だって、あの距離を見てよ。あいつが持ってるのって、ショットガンでしょ?どんなに弱い爆弾か知らないけど、ショットガンで二人とも巻き込む距離って言ったら、自分も爆風に巻き込まれるんじゃない?」
「なっ………」
ブラッキーは爆弾…と思われるものをつぶさに観察した。…爆薬がない。プラスチック爆薬に見えるのは、ただの粘土だ。
「………!」
「多分、最初の二発の砲弾で火薬類は種切れだったんじゃないのかな。あのイカレた性格だと、トドメも砲弾にこだわるんじゃないかなーって思ったけど。それをわざわざショットガンで、しかも下手すれば自分が巻き込まれる位置から撃つなんて、爆弾そのものがハッタリだって考えるのが自然なんじゃない?」
「…むうっ」
「あなたをイライラさせる為に、ワザと挑発してたんじゃないかな。内心、必死でどうやって弾切れを悟られないか必死だったんじゃない?」
「………」
サムスの言う事はいちいちもっともだった。
既に騒ぎは収まりつつある。外区にあるこの病院に警察が来る事は無いが、教団の部隊がやって来る事は考えられる。
「あれ?もしかして…」
サムスが意地悪い笑みでブラッキーの顔を覗き込む。「天下のビッグタイトルともあろうお人が、そんなことも見抜けなかったの?」
「………ふん、ヒドイ顔だ。ススだらけだぞ?」
不貞腐れながらブラッキーが言う。サムスはそんな彼の仕草が、少しカワイイと思った。「若い娘がみっともない…」
「…お互いさまでしょ?ブラッキー」
サムスはショックフライヤーを折りたたみながら言った。
「それより、ここを離れたほうがいいんじゃない?あなただって、もう入院してるわけにはいかないでしょ?」
「…そうだな。あんたには借りが出来た。…話してやろう。俺の知ってる事を。ここから離れてからだがな。さぁ、急ごうサムス」
「え?」
「急ごうと言ったんだ。さっさと行くぞ」
「今…名前で…」
「…それからな」
「え?」
「俺の名前はイバラキだ。ブラッキーじゃない」
2005年08月12日
01:28
34:遊帝(あそびてぇ)
人々から感謝されている時でも、ドーガの心はいまひとつ晴れなかった。
貧民に対する炊き出し、慈善鍋はドーガが唯一心を曇らせる事なく参加できる協会の行事だ。今では日々の神への祈りの時でさえ、何か釈然としないモヤモヤが心の中にたちこめるようになってしまった。
テンプルナイト、それも結成当初からの初代メンバーであるドーガは教団の中でもエリートと言っていい存在だ。
ニンテンドーシティにおいて、教団は貧民を救済する側面も持っている。ドーガとて、今の枢機卿の行いを知らないわけではない。良く思っているわけでもない。それでも、この凍てついた街において、自分達以外の誰が弱い立場の人々を救うのか。
感謝の言葉を何度も何度も口にする老婆。
はちきれんばかりの笑顔を見せる子供達。
ドーガの手を握り、涙を流して礼を言う老人。
ああ。
これこそドーガが教団に入った最大の動機だったのに。
なぜ、いつから教団はこうなってしまったのだろう…。
ドーガはふと、昔のように人々の為に頑張っていた時期に戻りたいと思う事が増えた。マルス様がいて、同僚のカイン、アベル、ゴードンがいて、ジェイガン老がみんなを叱り、後ろでマリクが困ったような顔をして、そして、それを優しく見守りながら微笑んでいるエリス様がいて…。
そうだ。エリス様だ。エリス様が死んだのが全てのきっかけだった。死因は白血病。マルス様の姉であるエリス様は誰からも慕われていた。ドーガ自身も淡い恋心を抱いていた事がある。
発病は教会が推していた氷河区の緑化政策の最中だった。しかも原因は外区の残留放射能だと判明してから。教団は明らかにおかしな方向に進み始めた。
エリス様の死を受け、まずマリク司教がおかしくなり始めた。以前のような好青年の顔は消え、寒気がするほど冷徹になった。エリス様との婚約も囁かれていたし、実際に二人は公認の仲だった。相当ショックが大きかった事は想像に難くない。
次に、MOTHERが緑化計画を全面的にバックアップすると約束した。金にならない話に乗り出したのは『地球に優しい母の愛』だとかをスローガンにするMOTHERのイメージ戦略だったのだろう。あるいは、技術力を見せ付ける事が目的だったのか。政治にも経済にも疎いドーガには分からない。
そして事故で前枢機卿、マルス様の父上が死亡し、マルス様が枢機卿に就任した。本来教会の要職は世襲ではない。しかしマルス様の参謀役となったマリク司教が教会のおエラ方をどうやってか説き伏せた。
それからは坂道を転がり落ちるようだった。
教団はMOTHERと堂々と癒着をはじめ、禁止されていた異教徒狩りも実行犯であるカチュア、パオラ、エスト、通称ペガサス三姉妹の釈放により解禁された。信者達はまるで今までケダモノである事を隠していたかのように無辜の市民に襲い掛かった。司祭や司教達はこぞって私兵や傭兵を雇い入れ、武装して異教徒狩りに精を出すようになった。贈収賄が横行し、枢機卿に気に入られた者だけが出世するようになり、金子として生きた幼児達が生贄にされた。
ドーガと同じく初代メンバーである同僚達も段々とその体制に染まっていった。"猛牛"カイン、"黒豹"アベルも例外ではなかった。
マルス様の執事であったジェイガン老は何度となくマルス様を諫言した。しかし元々頭の上がらないジェイガン老を疎ましく思ったマルス様は、ジェイガン老を辺境の小さな教会に左遷した。
そして、ドーガは異教徒狩りや信者狩りには参加しない事を咎められ、今ではこうした炊き出しを行なうだけの地区責任者に左遷されている。ドーガには、表立ってマルス様やかつての同僚を非難することは出来なかったが、無意味な虐殺に手を貸す事はしたくなかった。本来ならマルス様に切り捨てられてもおかしくなかったが、左遷で許して貰えたのは昔のよしみによるお目こぼしだろう。
「あー、あーあー」
物思いにふけっていたドーガに、少女が器を差し出していた。ドーガが全く反応してくれないので、困ったような、泣き出しそうな顔をしている。
「あ、ああ、ゼルダちゃんッスか。すまなかったッスね。ちょっとボーっとしてて…」
ドーガは大きな体折り曲げ、小柄なゼルダに頭の高さを合わせた。しかし210cmもあるドーガの身長では膝をついてもゼルダよりまだ少し高い。
「えーと、お父さんと二人分ッスね。ちょっと待ってて…え?」
ゼルダがドーガの袖を引っ張り、器をもう一つ差し出した。
「え…?三つ?誰か来てるんスか?珍しい事もあるもんッスねぇ」
「あー、うー、りー、りんくー」
「リンク?」
ゼルダの顔がパッと明るくなった。
「うー!リンクー!」
「へー、その人リンクて言うんスか。男の人ッスね。その名前」
「うー、リンクー!リンクー!」
ゼルダは嬉しそうにその名前を何度も口にする。余程その名前が気に入っているようだ。
2005年08月16日
07:23
35:遊帝(あそびてぇ)
激しい雨が夜の工業区に降り注ぎ、デイジーの住む安アパートの窓を叩く。
「全く、なんて事をしてくれたんだ…この小僧はブラックディスク、つまり指名手配なんだぞ!?」
タタンガは入って来るなり悲痛な面持ちで叫んだ。「デイジー!聞いているのか?!」
「は、はい、すみません…」
反射的に謝った。タタンガが怒るのはいつもの事で、いわば店の中の効果音のようなものだ。甲高い叫び声で小言をひっきりなしに言うのはタタンガの特徴だ。実際、本人もそれを知っている。沈黙が何より嫌いで、終始喋っていないと落ち着かないらしい。若い頃はお笑い芸人を目指していた時期もあるそうだ。
だが、今日は少し様子が違う。
クレジットカードを持った少年を家に連れ込んだものの、医者を呼ぶべきかどうか迷っていた。そこでタタンガに相談してみたのだが。
この少年は全身に大怪我を負っている。そのいくつかは明らかに銃創だ。下水から出てきて銃創を負っている者の身元など一つしかない。つまりはお尋ね者だ。下水という危険な地域で銃を持っている者はネズミ捕り業者かレンタ・コップくらいのものだ。そして、業者が人間を撃つ事はない。放射能(あるいはもっとおぞましい別のなにか)で凶暴化、巨大化したネズミのほうが遥かに危険だ。人間などナイフ一本で仕留められる。人間相手に貴重な弾丸をくれてやるなど無駄遣い以外の何物でもない。
「まったく、教団が市に捜索要請を出している奴を助けるなんて…!ああもう…いつも言ってるだろう!この街で見ず知らずの顔にあったら、そいつは間違いなく厄介ごとだ、と!教団だけじゃなく、レンタ・コップもこいつを追ってる!いや、最悪の場合軍隊が出動する可能性も…!」
真っ赤な顔で喚き散らしていたタタンガだったが、だんだん顔色が赤から青に変わっていった。
「すみません…」
ざざざー、がしゃーっ、ずずーんんん。
外で、山が崩れている。スクラップの山が。振り出した雨のせいだ。悲鳴は聞こえない。人はいなかったのか、それとも悲鳴を挙げる暇もなかったのか、あるいは悲鳴をあげたが誰にも聞こえなかったのか。
少年は時々うなされる事をのぞけば静かなものだった。顔色は紙のように白い。
「で、でも、早く助けてあげないと、この子…」
「…誰が払うんだ?そんな金。え?だ・れ・が・払うんだ?!」
「それは…」
医療行為が高くつくのはどこも同じだ。医療保険などに入れるのは企業に所属している中産階級という名のエリートだけだ。当然デイジーが入っているわけはない。いや、デイジーの知り合いで入っている者など誰もいない。そして、おそらくこれからもいないだろう。
タタンガは言葉に詰まるデイジーを見てしばらくの間沈黙していたが、やがて意を決したように口を開いた。
「…放り出そう」
「ええ!?」
「それしかない。ワシらがブラックディスクをかばっていると知れたら、この区画全体が異教徒狩りされかねん!…たった一人の、それも赤の他人のためにそんな事を引き起こすわけには…」
「そんな!だからって、見捨てるなんて!」
「じゃあどうする?!だいたいワシらには金もない!これだけの重症を治療するとなれば、ワシのヘソクリを全額つぎ込んでも半分にもならんのだぞ!」
「そ、それは…」
「…それに、この怪我だ。…もう、助からんかも知れん」
「………」
それはデイジーも薄々思ってはいたが、口に出して言う事はできなかった。
このまま、この少年が死ぬのを見ていくしか出来ないのか。あの時、父と母を失った時のように。己の無力を噛み締めながら、卑屈に笑って誤魔化すしかないのだろうか。
「まぁ…あのガメツイ守銭奴医師ならどうにかできるかも知れんが…」
タタンガが言うのは、グルッピーと呼ばれているヤミ医者の事だ。どういう経緯でかは知らないが、医学会を追放されて居住区のスクラップ山の一つに住みついている。なんでもノーベル賞を受賞した事があるらしく、デイジーも彼の顔をテレビが何かで見た事はあった。グルッピーというのはあだ名で、グリュッペ(集団)というドイツ語がなまったものらしい。「だが、奴はとにかく高い。医者、それもヤミは高いと相場が決まっとるが、奴は特に高い。その分、奴の手にかかって直らなかった患者というのは聞いた事はないが…」
「そうだ!」
デイジーは唐突に昨日の事を思い出した。「ルイージ…彼、今度まとまったお金が入るって…」
「…ルイージ?ルイージだって?あの緑ぃのか!?お前、まだあんな奴と付き合ってたのか!悪い事は言わん、あいつとは関わるな!ワシはああいう手合いをよく見てきたから分かる。いつもヘラヘラ笑っとるが、あいつはクズだ。あいつは必要なら簡単に情や人間性を捨ててしまうタイプだ」
「彼の…ことを、悪く言うのはよして…」
デイジーにとってタタンガは大の字がつく恩人だ。それでもルイージのことを、惚れた男の事を悪く言われるのはイヤだ。
「いいか?お前は騙されとる。いや、あの男も騙すとかそういうつもりは無いんだろうが…とにかく、あいつは自分に都合が悪くなったら誰でも簡単に切り捨てよる。あいつに金をくれだなんて言ってみろ、今度は灰皿どころか包丁で切りつけられるぞ!」
「…そんな、大丈夫、ルイージはそんな人じゃないわ。彼、私には優しくしてくれるもの…」
「お前…そんなヒドイ顔にされてまだ気づかんのか?あいつは…」
「とにかく、私ルイージに連絡してみる!大丈夫、彼ならきっと…」
デイジーは携帯を取り出し、ルイージの番号にかけはじめる。タタンガがまだ何かうるさく言っているが、ルイージなら大丈夫だ。それに、みすみす人が死ぬのを見ているのはイヤだ。
「あらぁ」
「それはぁ」
「どこにかけてんのー?」
女…にしてはやたらと野太い声が三方向から別々に聞こえた。
「…?」
携帯を耳にあててコール音を聞きながら、デイジーはタタンガを見た。タタンガも「?」という表情だ。先ほどの声は聞こえたらしい。
「私達はぁ」
「そこのぉ」
「坊やに用があるのよぉん」
声は三方向の壁から聞こえる。しかし、どう見ても、それは壁でしかなかった。むき出しの、ところどころが欠けたコンクリートブロックの壁でしか。
突然、壁がどろり、と溶け出したように見えた。
「ねぇねぇん」
「その坊やをぉ」
「渡してくんないかなー?」
壁だったように見えた、溶け出した三つの塊は徐々に人間のような姿を取りはじめた。そして数秒もしない内に、それは三人の小柄な少女の姿となった。
少女達の容姿はそれぞれ青、緑、茶色の髪をしている事を除けば、まるで複製であるかのようにそっくりだ。しかも三人とも見ているほうが恥ずかしくなるような露出の多い服装をしている。小さな胸を下品なまでに強調した胸元、ほとんど下着が丸見えのボトム、そして露出した全身の肌に施された淫靡なボディペイント。彼女達の風貌は街角のコールガールを思わせるが、それ以上に無秩序で、ふしだらで、何より堕落的だ。
「あたしーカチュアー」
青い髪の少女。
「パオラ」
緑の髪の少女。
「エスト」
茶色の髪の少女。
「「「ペガサス三姉妹っていうのー」」」
最後は三人が同じように声を揃え、無闇に開いた自分達の胸元を指差した。天馬の刺青が乳房を見せるか見せないかという絶妙の位置に施されている。その可愛らしい容姿に似合わず、声は大の男そのものだ。
「ペ、ペガサス三姉妹ぃ!?」
タタンガがおぞましいものを見るような目で三人を見ながら声を絞り出した。「本部教会でさえ手を焼く殺人姉妹が、なぜ…」
デイジーはタタンガがこれ程うろたえる姿を見た事は無かった。
花宿の主人であるタタンガは、それなりに修羅場を潜り抜けて来た男だ。女を買いに来る客の中には手のつけられないような暴れ者も多い。しかしタタンガがそういった手合いを相手に怯んだ事はただの一度もない。どんな荒くれ者でもタタンガの鉄拳を腹に喰らって立っていられた奴はいない。なんでも、昔はプロボクサーだったという話だ。
しかし今のタタンガは、猫に睨まれたネズミのようだ。顔色は蒼白を通り超えてドス黒くなりはじめ、よく見ると足も小刻みに震えている。
デイジーには、タタンガが何を恐れているのかよく分からなかった。この三人はどう見てもただの無邪気な(そして少し足りない)少女にしか見えない。声が異質なのは置いておくとしても、別段危険な存在には見えない。だが、何か得体の知れない不気味なものは感じる。見てはいけないものを見ているような、三人を見ているとそんな気分にとらわれる。デイジーが10歳だった頃、偶然両親のセックスを見てしまった時のような。はじめての自慰行為を終えた時の罪悪感のような。
「その坊やをかくまったぁ」
「悪ぅい異教徒見っけぇ」
「だからぁ成敗するのぉん」
三姉妹はまるで新しいオモチャを見つけた子供のように無邪気な笑いを浮かべ、腰に差している剣を抜いた。
「デイジー!!!逃げろぉ!!
その刹那、タタンガの大きな体が真っ赤に染まった。
2005年08月17日
10:14
36:JKとF5
「こんなので本当に強くなるのかよー、ファーザー?」
外区にもほど近い居住区の外れ、最も貧困な層の“人間”が住む区域でリンクは…土を掘り返していた。
棒の先に三又の刃が直角にくっついた、見た事もない道具は、たしかに土を掘るのに適しているようだったが、それ以前に「なぜ自分は土を掘っているのか」という意味がわからず、リンクは戸惑っていた。
ガノン神父はただ静かに微笑むだけで、答えなかった。
あの忌まわしい日の翌日、朝食の席でリンクは恐る恐る話を切り出した。
『あの、ほら、このへんは物騒だし、俺』
その先の言葉は出なかったし、考えてもいなかった。神父は「今日は休みなさい」とだけ言ったが、リンクの言おうとした事は伝わったようだった。
その日はゆっくり休み、少し頭の中を整理しなくてはと思いつつも、何も考えることは出来なかった。
次の日から突然、仕事が始まった。
最初は、午前中に子供たちに読み書きを教える仕事を与えられた。
『なんで俺がこんなことを…』
そうは思ったが、文句は言えなかった。リンクはもう、ここで生活せざるを得ない事に気づいていたし、どこからかやって来る少量の食料の恩恵にも授かっていた。何より、言葉に出来るような明確な理由があるわけではなかったが、ここは居心地がよかった。それは数日経っても変わらなかった。数日後には、リンクは元気を取り戻した。
ここの子供たちは皆、ストリートチルドレンであり、リンクはそういった層の者と接するのに慣れていた事もあって、ちょっとした“名物”になっていた。
『お兄ちゃん。字ぃ書けるの?』
『名前以外も書ける?』
『掛け算できる?』
『車、乗れる?』
『飛行機は?』
『歌、教えて!』
昔のグループにいた頃にあったものと、無かったもの、その両方がここにはあるように思えた。
1つだけ困った事があった。
ゼルダだった。
教会の脇でリンクが子供たちと棒切れで地べたに字を書いている間、彼女はおとなしく女の子達とママゴトをしてる時もあれば、ボロボロのぬいぐるみと拾ってきたヤカンを持って何か言いながら全力疾走していたり、神父の手作りらしいブランコに逆様にぶら下がったまま寝ていたりするのだ。これは手が焼ける。
何よりリンクは、彼女と目を合わせたくなかった。合わせることもできなかった。そして自分がそう思う理由、そう感じる理由を、できるだけ考えないようにした。
ある日の午後、リンクはまた、あの剣を見つけた。
ガラクタばかりの倉庫の整理を手伝っていて、発見したのだ。こうして見てみると、どう見ても装飾用の骨董品で、けしてボタンを押せば電流が流れたり、高速振動したりするわけでは無かった。どうやら神父は、この剣を倉庫に封印してしまうつもりのようだった。
リンクは剣を見つめた。
どういうわけか、この剣には忌まわしいものが微塵もない。感じない。間違いなく、あの2人組をこの手で殺害した時の剣なのに、死や暴力の臭いを全く放っていなかったと感じた。
『剣が持ち主を選ぶという事は、たまにある』
『うぁ!』
不意に声がしたので驚いて振り向くと、三角巾にエプロンの神父が、フライ返しを片手に立っていた。
『だが君の場合は、その剣というよりも、剣そのものが選んだのかも知れないな…ところで夕食が出来たのだが』
『あ、うん、すぐ行くよ…』
リンク、ゼルダ、ガノン神父の3人での、いつもの夕食の後、神父は『明日から午後は、私と一緒に来なさい』と切り出した。
それが何を意味しているのかわからなかったが、神父が『ゼルダのことは大丈夫だ』と言うので、リンクは承諾した。
(そういえば、俺が子供の相手をしてる間、ガノンは何をやってるんだろう?)
そして連れて来られたのは、教会から離れた、廃墟の間の、ただ“土があるだけの所”だった。
『昨日の話だが…ああ、剣の話だ…少し、やってみる気はあるかね?』
神父は言った。
(やっぱり…)
半ば予想していたが、リンクはすぐに答えられなかった。
(やっぱり、物騒なんだな。たぶん俺達のグループがいた辺りよりも。ガノンもわかっているが、人手が無かったんだ。それで俺に…)
一瞬、人を斬る時の、あの感覚が蘇える。死んだ人間の、あるいは死んで行く人間の、あの突き刺さるような声と、見開かれた目も。
『無理はしなくていい』
顔色に出たのか、リンクの顔を見て、神父は言った。
『いや、待って』
とっさにリンクの口は動いたが、覚悟が決まったのは、言ってからだった。
『やるよ』
そしてリンクが手渡されたのは、剣でなく、棒の先に三又の刃が直角にくっついた、見た事もない道具…クワだった。
2005年08月18日
21:11
37:遊帝(あそびてぇ)
親子の情だって?一銭にもならねーなあ。
「君もそう思うかね、中佐」
「ええ、全くですねえ。こいつぁ抜群ですよ」
デディーはリモコンを操作し、壁全体の広角スクリーンに新しい画像を映し出した。今子供達の間で話題沸騰中の特撮番組『スターマン』がスクリーンに映し出される。
スターマンは愛と正義と平和の為に戦うヒーローの生き様を描いたシリーズ作品だ。ここ最近下火だった特撮というジャンルを盛り上げ、一つのムーブメントを作り上げる程の人気ぶりだ。主役をはじめとした主演勢に美男美女ばかりを起用したのが功を奏したらしい。
放映開始時はディープな特撮ファンから『人気取りの邪道な作品』と酷評される事も多かった。事実、放映当初は全く演技が出来ない主役陣の悲惨な実力が別の意味での人気を呼ぶ程だった。第一話など、主人公であるスターマンの台詞が聞き取れない程滑舌が悪く「スターマンというからには異星から来た設定に違いない。だから地球語が不慣れなんだ」と皮肉られた事もあった。
しかしその後主役陣は飛躍的に演技の実力をつけ、放映も終盤にさしかかる頃には空前の高視聴率を獲得した。スターマンの本放送が終了すると再放送を望む声が殺到し、ついに続編まで作られる事になった。現在は二代目であるスターマン・ムスコも終了し、第三作目であるスターマン・マゴが放映されている。劇場版である『スターマン・家族団欒の危機』も作成され、シリーズを知らない人でも理解できる内容が高く評価された。
今やスターマンシリーズは脚本、演出、俳優に至るまで超一流を起用する作品で、その人気はとどまる気配さえない。第一作からの伝統として、美男美女が主役に抜擢されているが、その多くは演技の経験の無い人間が選ばれるようになっている。最初は下手だった俳優が、物語を通じて演技の腕前を上げていくのも、スターマンシリーズの隠れた魅力の一つなのだ。その為、スターマンのオーディションには俳優デビューを目指す若者が多く集まり、明日のスターを夢見ている。既に今作は終盤に入り、第四弾の製作チームが発表されたばかりだ。
スターマンシリーズは子供だけでなく、成人にも人気が高い。練りこまれた脚本、絶妙の演出、上昇してゆく俳優の演技もさることながら、随所に盛り込まれたお色気シーンもそれを手伝っている。それも男女のラブシーンはおろか、男性同士、女性同士が愛し会うかなりきわどいシーンも多い。
コンゴウ中将とデディー中佐も、この作品に夢中になっている大人だ。
二人は生粋の特撮マニアで、初代スターマンの熱狂的なファンだ。しかし、本来は子供向けに作られている特撮作品を見る大人に対する世間の風向きは必ずしも良いとはいえない。まして軍のトップクラスの要人となると、そういった趣味をおおっぴらに口にするのははばかられる。
だから二人はこうして秘密の鑑賞会を行なうのだ。
デディーはコンゴウにとっては管理役だ。コンゴウは放置しておくと基地内ありとあらゆる物体を破壊し、自身も大きく損壊してしまう。全身サイバーパーツとなった中将の修理費は莫大なものになる。誰かが止めなければならないのだ。
しかしいつ何時暴れ出すか分からないのがコンゴウという男だ。彼の脳内でいつ再生されるか分からない曲が、中将を狂わせ、暴れさせる。最初はデディーも途方に暮れた。自分は軍上層部からの生贄だと気づいたのはその後だ。
最初は父親というものを一目見たい思っていた。
デディーの両親は離婚しており、母に引き取られた彼は母方の姓であるハヤシバラを名乗る事になった。父親はドウキ・コンゴウ。幼い頃に父親と別れたデディーには父の記憶などほとんど残っていなかった。
軍に入隊し、父親に会った時には既に中将は殺人を繰り返す鉄の塊と成り果てていた。元々父親を見たいというのもただの興味本位で、別段親子の感動の対面などというロマンチシズムを抱いていたわけではない。ただ、自分が誕生する事になったきっかけである父親という存在が、救いようのないサイコ野郎であるという事実を知っただけに過ぎなかった。
偶然にも父親が子供の頃に『俺は昔から子供達のヒーローになりたかった』と漏らした事を覚えていた。コンゴウが世界中の子供達の人気者になる事が夢であった事、特撮ヒーローもののファンだった事を知っていた。デディーはそれを利用する事にした。折りしも、初代スターマンが従来の特撮ものとは一線を画する作品として世間一般に注目、評価されはじめていた頃だ。
デディーの思惑通り、中将はスターマンを毎週チェックしており、デディーは生き延びるために今まで興味を抱く事のなかった特撮作品を研究しはじめた。最初は子供騙しの安物番組と気が進まなかったが、生きる為には仕方ない。嫌々ながら研究している内に、特撮ものもなかなか奥が深い事を知った。今ではデディー自身も立派な特撮マニアだ。
ふと見ると、いつの間にか中将は眠っていた。ソファで子供のように無邪気な顔で、ヨダレをたらして眠っている。
こいつはどうしようもない鉄屑だが、利用価値はある。デディーはいつものように、中将の耳元で囁いた。
「…ドンキー、ドンキー、強いドンキー。ぼくらのドンキー」
子供の頃、父親がよく口ずさんでいた歌だ。何かの特撮もので敵として出てきた『のろまのドンキー』というキャラクターのテーマソングだ。ドジでノロマでマヌケなロバ人間。三枚目のキャラクターとしてなかなか人気者だった。一時期は番組のエンディングテーマとして流れていた事もある。作品名自体はマイナーすぎて忘れた。「ドンキー。ドンキー。強いドンキー。ぼくらのドンキー」
中将が苦しげに呻く。
この歌を流す事で、ある程度の暗示がかけられる事を知ったデディーは、これを利用して中将を使いこなしている。時々制御しきれず暴走する事もあるが、上層部からは中将を止める事ができる唯一の人間として高く評価された。これで出世は順調だ。
ドンキーはマイナーだが、間違いなく人気者の歌だ。親父も幸せだろう。楽な仕事だ。こうしてビデオを見せておけば中将はおとなしくなるし、俺の言う事も聞く。てめぇの実の息子の言う事を。
え?なに?
親子の情だって?一銭にもならねーなあ。
2005年08月31日
11:50
38:遊帝(あそびてぇ)
赤い雨と酸性雨。どっちが良いかと聞かれたらあなただって困るだろう。
デイジーは後を振り向かず、ドアを開けてアパートの外へ飛び出した。裸足のまま、全身にタタンガの返り血を浴びたまま。
あの場にいる事は確実に死を意味する。だから酸性雨を選んだ。タタンガの生死を確認している暇はなかった。
今日のように風雨が強い日に外へ飛び出すのはあまり賢い選択とは言えない。積み上げられたスクラップの山が崩れる可能性が高いからだ。しかしそんな事を考える余裕はデイジーには残されていなかった。
今までもこういった危険が迫った時は何も考えずに逃げてきた。そうするようタタンガにも教えられていたし、事実そうしてきたから今まで生きてこれたのだ。
地面に当たって跳ね返る雨が視界を煙らせる中、デイジーはやみくもに走った。時々何かにぶつかり、つまづいて転びもしたが、とにかく走り続けた。体のあちこちをすりむいて、もうどれが自分の血で、どれがタタンガの血か分からなくなっていたがとにかく走った。
息が切れ、足の肉と骨がきしりをあげ、心臓がストライキを起こす寸前になり、ようやくデイジーは足を止める事ができた。立ち止まって初めて気づいたが、肺は酸素を求めて文字どおり悲鳴をあげていた。それを抑えるためには地面にはいつくばって呼吸を整えねばならなかった。
だから前方に人がいる事に気づくのしばらくかかったのだろう。その人影が、自分のよく知っている親しい人物であることにも。
「やあ…デイジー………」
人影が聞き覚えの声でゆっくりと語りかけた時、ようやくそれが顔見知りであることが分かった。
「ルイージ…?ルイージなの…!?」
デイジーは疲れも忘れて立ち上がった。
しかし何かが変だ。
どうしてルイージは笑っているんだろう?自分と会う時にルイージが笑っていた事はほとんどない。仕事が余程うまくいった(つまりマヌケなカモを見つけた)時は笑っている事もあった。しかし今日のような笑顔を見るのは初めてだ。まるで、もうすぐ煩わしい問題から解決される、その時が楽しみで仕方ない、そんな顔だ。
…いや、気のせいだ。雨で視界が悪く、ルイージの表情がよく見えないからだろう。ひょっとしたら、ルイージにそんな笑顔を見せて欲しいという自分勝手な思い込みがそう見せただけで、実際にはいつもの寡黙な顔がそこにあるのかもしれない。
若干の違和感は残るものの、恐怖の中で得た僅かな希望にすがりたい心がそれを無視した。それにひどく疲れている。はやくルイージの腕に抱かれたい。
「デイジー…大丈夫かい…?」
ルイージの笑顔は、デイジーが見たそのままだった。見間違いではない。デイジーはルイージに駆け寄り、その胸に飛び込もうとした。ルイージが何かを隠すように両腕を後ろに回している事は気にしない事にして。
2005年08月31日
15:40
39:遊帝(あそびてぇ)
騒がしい医院の中、キノピオの存在は一人浮いている。
向こうの手術台では治療中のピットがあまりの痛みに悲鳴をあげているところだ。
「痛ぇ!痛ぇっつってんだろ!殺す気か!?殺すぞ!」
「FUCK!黙りたまえ。おとなしくFUCK!してないと傷が縫えないFUCK!だろう。だいたい麻酔FUCK!など必要無いと主張したのはFUCK!君だぞ?」
「全くSHIT!だ。君はそうでなくても重症SHIT!だ。骨折六箇所に体表の25%がSHIT!重度の火傷。失血もかなりSHIT!の量だ。これでよく生きているSHIT!ものだな」
グルッピー兄弟も懸命にピットを抑えつける。
グルッピーは兄が赤い髪、弟が緑の髪の双子のヤミ医者だ。以前は医学会でもかなり有名な名医だったらしいが、現在は法外な治療費を請求する事で有名なストリートの住人だ。兄弟揃って言語脅迫障害をわずらっており、言葉の数音節以内にFUCKやSHITなどの言葉をひきつけのように発音する癖がある。その腕前は相当なもので、時々彼らを頼って政財界の人間や大物ヤクザ、国際的なテロリストなどが訪れているらしい。噂では、治療不可能と言われている"キノコ中毒"の患者を完治させた事もあるという。
キノピオはピットの容態を質問したくてたまらなかったが、彼の聞くに堪えない罵声はいつも通りで、心配はいらないようだった。グルッピー達が言うように、あれだけの怪我でよくあれだけ暴れる事ができるものだ。
ヤマウチ財閥の令嬢であるキノピオにとって、ピットは大恩人だ。
外区になど本来寄り付かないはずの彼女がトラブルに巻き込まれたのは1年程前だ。街のチンピラにからまれているところを救ってくれたのがピットだ。後で知った話だが、向こう見ずなピットの手下達が、ヤマウチの令嬢と知らずに因縁をつけていたらしい。ピットにしてみれば大慌てで手下を制止しに来たのだろう。
それから、ピノキオは何かと理由をつけてはピットに会いに外区へ訪れるようになった。受けた恩義は返すよう、しっかりと礼をもって接するように教えられていたからだ。執事にお付きの者、専属のボディガードを引き連れてピットの元へ赴いた。ピットはかなり迷惑そうだった(実際迷惑だったのだろう)が、彼のようなタイプの男性は彼女の周囲にはいなかった。自分でもそうとは気づかない内に、彼に惹かれていたのかもしれない。
ピットは口は悪いし態度や素行も褒められる少年ではない。だが見た目によらず誠実だし、意外な事になかなかの紳士だった。口ではかなり汚く罵って来るが、それでも彼女に手をあげる事は絶対にしなかった。ピットに言わせれば「ヤマウチの令嬢でなければぶん殴ってでも追い返してやる」という事だったが、ピノキオはピットが女性や子供には決して手をあげない人間である事がなんとなくだが分かっていた。
ピノキオにとってピットの存在は、いつしか恩人から数少ない友人の中の一人、それもかなり大事な友人になっていた。
だから、そんなピットからいきなり「会いたい」という連絡を受けた時は本当に嬉しかった。メールでたった一言、本当にシンプルな内容だったが、それがまたピットらしかった。
まさか、駆けつけた先で彼がボロボロの状態で公衆端末に突っ伏しているとは思いもしなかった。
「でも、そんなピット様が注射が怖いだなんて…」
なんだか可愛い。そう呟いたキノピオの声を耳ざとく聞きつけたピットはグルッピーに押さえつけられながらもガバリと上半身だけを起こした。
「なんだと?おい!チビ!お前今なんっつった!?俺が注射が怖いだと?バカ言うな!俺は泣く子も黙る武闘派"ウィング"の突撃隊長ピットさまだぞ!?レンタの奴らだって俺の名前を出しゃブルっちまう程だ!俺は単に麻酔とかの類が嫌いなだけで…」
「ああFUCK!、もう、いい加減FUCK!おとなしくしてくれたまえ。何度もFUCK!言うが、君は怪我人FUCK!なんだぞ?それもかなり重症FUCK!の」
「全く、キノピオお嬢様もSHIT!とんでもないSHIT!患者を連れてきてくれたものだ。イキの良い患者はSHIT!歓迎だが、本当に彼にはSHIT!治療が必要なのか疑わしいものSHIT!だよ」
呆れ顔の両医師がピットを手術台に抑え付けた。暴れないよう頑丈な拘束具で体を固定するが、これが何度も引きちぎられているのだ。
「ふぅ…これもいつまでFUCK!持つやら。仕方ない、弟よFUCK!。FUCK!麻酔を」
「分かった、兄上SHIT!。今度から拘束SHIT!具は金属にするべきSHIT!だな。さて、麻酔SHIT!は例のアレしかないが、この際仕方あるSHIT!まい」
「ま、待て!待てって!な?お前らヤミとはいえ医者だろ?だったら患者の要望は聞くべきじゃ…おい!なんだよそれ!対サイバーサイコ用の徹甲麻酔針じゃねーか!そんなもん…俺の手下が黙って…いや、待った!話せば分かる!は、話しあおう!」
「観念したまえピットFUCK!君」
「麻酔SHIT!開始」
ピットの泣き声とも悲鳴ともつかない声が病室にこだました。
2005年08月31日
15:43
40:遊帝(あそびてぇ)
「な、なあ、この女の死体を貰っていいかい?」
ルイージは卑屈そうな笑みを浮かべながら三姉妹に尋ねた。倒れこんだデイジーの服を脱がそうとしているところを、三姉妹に見られたからだ。
「あらぁん?」
「なんなら」
「あたし達がお相手するのにぃん」
三姉妹はしなを作って答えた。
「い、いや、遠慮しておくよ」
できるだけ失礼にならないよう、いっそう卑屈な笑顔を浮かべながらルイージは答えた。"説法"と称して信者と乱交パーティ行う事で有名な変態三姉妹の事だ。申し出ればセックスくらいはさせてくれるだろう。なんといっても今のルイージは教団の協力者なのだ。
しかし"救済"と称した彼女達のSMプレイで何人もの信者達が死亡、または再起不能になっている。ルイージはSMには詳しくない(驚くべき事に彼はいたってノーマルなのだ)が、この三姉妹のプレイはSMという域を超えていると思う。
それに、別にデイジーの死体で犯りたいわけではない。いや、死体もいいかな?ケツの穴に突っ込んでクソが大事なムスコにびっしりとつく心配はない。もうクソになる事はないんだからな。少なくとも煩い口答えはしないだろう。しかしユルイかもしれんな。
うつ伏せに倒れ込んだデイジーがうめいたので、ルイージはそちらを見た。
「あれあれぇ」
「すごぉい、この娘、まだ生きてるわぁ」
「もっとガツーンとやらないとぉ、感じないわよぉ?」
三姉妹は思い思いのエモノを手に取った。棘がびっしりと埋め込まれた鞭、ノコギリ刃状の剣、いたるところから突起物が飛び出している棍棒。全て真っ黒に変色しており、使い込まれているのが一目で分かる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、できるだけ外傷は残さないように頼むよ?奴がヘソを曲げるんでね」
ルイージは慌ててつけ加えた。この女達にまかせたらデイジーは肉塊にされかねない。綺麗な成人女性の死体でなければ意味が無いのだ。
「えぇ〜?」
「つまんなぁ〜い」
「そんなの無理ぃ〜」
あからさまに不満そうな三姉妹。くそ、結局俺がやるしかないのかよ。
ルイージは先ほどデイジーの頭を一撃したプラスチック性のバトンを持ち替え、デイジーの近くにしゃがみこんでからおもむろにデイジーの頭部を殴打した。
「あぅ!」
デイジーの体全体が魚のようにびくんとはねる。
「デイジー、すまない。苦しいかい?」
ルイージはゆっくりとバトンを振り上げながら、デイジーに優しく声をかけた。
もう一撃。デイジーの体が再び激しくのたうつ。
「…う…ぁ………ル………イージ………な…ぜ……」
デイジーは空ろな目でルイージを見た。目もとには涙が浮かんでいるように見えるが、ただの雨のようにも見える。
「…ああ、愛してるよデイジー。本当さ。だから君が苦しむ姿を見るのは忍びない」
ルイージはバトンを手で弄びながら更に一撃。デイジーはまた激しくもだえる。が、先ほどより明らかに反応が弱い。
「これ、なんだか分かるかい?重心バトンと呼ばれててね、ボディは軽いプラスチックだけど、振る時の角度と速度、設定によって中に詰まった砂と水が凝固するんだ。瞬間的な破壊力なら鉄板を曲げてしまう程の威力も出せるんだ」
また一撃。
打たれる度にデイジーの体の反応が鈍くなる。うめき声もどんどん弱くなってゆく。
「……………ぅぅ」
ルイージの笑顔。天使のような笑顔。ドカっ。整った端正な顔立ち。兄のマリオとかいうのとは大違い。ハンサム。嬉しそう。ガギッ。私が死ぬのが?そんなに嬉しい?ゴッ。
「どうやら、ぼくがこいつをキチンと使いこなせなかったようだね。苦しい思いをさせて、本当にすまないと思ってるよ。何、すぐに楽にしてあげる。今度こそ」
とても優しい声。何度も振り下ろされるバトン。もう痛くなくなってきた。いやだ。助けて。
「………や………め…て」
声をあげようとしたが、喉が声を出してくれない。
「大丈夫。頭の傷は髪の毛で隠れるから心配いらない。そう、君は綺麗なままだ…。ああ、その髪、綺麗だよ。君の事を褒めるのは久しぶりだね。はは、駄目な恋人だな、俺は」
20発を超えてからは数えるのをやめた。
頭痛はすでになく、意識も遠くなっている。ただ、ぼやける視界の中、今まで見せた事のないルイージの笑顔だけが妙に鮮明に残る。
「さようならデイジー。………愛してるよ」
ルイージがバトンを降りあげた。あれが振り下ろされた時、私は、死ぬ。
ああ。波の音が聞こえる。ルイージが驚いた顔を…。まるで津波のような…。津波?
薄れてゆく景色の中で、デイジーはスクラップの山が雪崩を起こし、区画一帯を飲み込んでゆく光景を見た。
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